第1話
とあるビル群の奥にある雑貨ビルの4階にあるドア。
そのドアにはカタカナで“コロシヤ”と書かれた紙が乱雑に貼ってある。そのドアを開けて中に入ると部屋のど真ん中におかれたソファーに大きなヘッドホンを首にかけている少年がいつものように横になっている。
少年の髪は青黒い色をしていて今にもその髪に引き込まれそうになるほどに神聖をおびていた。
そんな、少年から視線を右にやってみるとキッチンらしき場所がありそこには高身長の女性がいる。まるでモデルのような女性はどうやら朝の支度をしているらしい。
「できたよ」
「はいよっと」
親子か姉弟に、間違えてしまいそうなほど似ているが、2人とも血もつながっていなければそれぞれの親も違う他人同士なので、
「おい。卵焼きは砂糖一択と何回言えばいいんだ」
「だったら自分で作れば。私は塩派なの」
こういった小さなことでケンカが起こる。
しかし、それすらも姉弟ケンカと思えるほどに見ていてほのぼのする。
だが、今日の朝はイレギュラーが発生した。朝から入り口であるドアがいきなり大きな音をたて開いたのだ。
そして、開いたドアの向こう側には季節外れにもほどがあるほどに汗をかいた40代とおぼしき男性がスーツ姿で中腰になって息を切らし、息を整え力強く叫んだ。
「俺を殺してくれっ!」
少年と女性は思わず目を丸くしてその場で箸を落としてしまった。
スーツ姿の男性が来てから10分程度の時間が過ぎた。
男性は少年に案内されるがまま部屋のど真ん中におかれたソファーに座った。男性は、落ち着いたのかスマンといった表情で、横の作業机にある椅子に座った少年と女性に話しかける。
「先程は失礼した。気がたっていてね」
苦笑いで、男性はさっきの状況のことを謝罪した。
そんな、男性に対し少年は爽やかな営業スマイルで男性と話す。
少年の横では、女性は何かに気付いたようで慌ただしくキッチンへと向かった。
「いえいえ。気にしないでください。それに今はそれよりもお客様と話したいことがあるので」
少年の言葉に、男性はあぁ。とあとに続くように話始めた。
「さっきの殺してくれのことですよね」
「……えぇ」
少年の眼つきが一瞬で変わった。その眼は、肉食の野生動物が獲物をみつけたような、そんな眼だった。
それに、気付いた男性は一瞬表情が怯えたがまたすぐに表情を元に戻す。
「そのことについてなんですが。ちょっと長くなるかもしれませんがいいですか?」
「もちろん」
少年は、営業スマイルで受け答えをするが男性は申し訳ないと言わんばかりに、頭を下げる。
「俺は……」
スーツ姿の男性は、とあるビル群の比較的中央に位置する高層ビルにあるIT関連の企業に勤めていた。
入社してから約20年。男性は、そこそこの実績があったため同僚よりも上の立場についていた。そして、家に帰れば綺麗な奥さんと子供が娘と息子が、1人ずついた。
どこにでもいそうな裕福な家庭。
誰もが思い描く普通な幸せをつかみ取った男性に悲劇が訪れる。
男性の、勤めていた会社の取締役が横領と汚職の罪で、警察に捕まった。その日を境に会社の株は大暴落。
急きょ、取締役に就いた人も、この惨事を見かねて自分一人だけ多額の退職金を手に逃げた。それから、次々と上役は逃げていきついに男性の順番が回ってきた。
すでに、株が、暴落してから半年以上がたっていた。もう回復の兆しもなく会社に残ったのは、多額の借金のみ。
男性は、このことがきっかけで奥さんとも別れ精神的にも疲れ切っていた。
そんな時、ついに会社は倒産。そして、会社の借金全額が男性のもとにやって来た。
「そっからはこの通りです」
男性は、自分自身を鼻で笑う。
「……くだらない。なんだ、そのありきたりな理由は」
少年は、同情などすることなく、ただ呆れた表情で言った。
そんな少年を見て男性は怒りを通り越し何かおかしなスイッチが入ったらしく、
「カッハハハハ!!」
高笑いを、しはじめた。しかし、男性の目には涙があった。
そんな男性を、少年は何を言うまでもなくだたじっと見つめる。
「そうだよな。すっごいありふれた理由だよな。どっかの漫画かっての」
男性の、言葉一つ一つに悲しさのあまりか震えが見えた。
男性は、その大きなその手で目をふさぎ泣くのを必死で防いでいるが、涙はこぼれている。
「あのな泣くぐらいだったら殺してくれとか言うなよ」
男性をみて少年は、感情をこめずにただ冷静に言う。
その、少年の眼には一切の曇りもなくウソをついているようにも思えなかった。
その時、タイミング悪く女性がキッチンからお茶を持ってきた。
「お持たせしました。粗茶ですがど……」
「どうした?」
「なんでアンタはそうやってお客様を毎回泣かせるの!」
女性は、泣いている男性を見て少年を怒った。ただ、そんな女性を男性が止めにはいる。
「そこの少年は、何一つ悪くないから少年を叱らないでください。この涙は、俺が勝手に流してるだけです」
そんな、男性の言葉を聞いて少年は女性に対し、勝ち誇ったように、ドヤ顔をする。それに、対し女性は悔しそうにキッチンへともどって行った。
「……で、お客様」
「あ、はい」
男性は、まだ上を向きながら目を手で隠している。
「言うのを、忘れてましたが当店はあなたのこと殺せないですよ」
「……は!?」
そんな、少年の唐突もない言葉に、男性の涙が引き、ただ驚く。
そして、少年はそんな男性を前にして、なぜか笑いながら言った。
「しかし殺すことはできなくともお客様の自殺をプロデュースすることはできます」
訂正しよう。
少年は、ほくそ笑んでいた。
「それってどうゆう」
男性は、何を言っているんだと言わんばかりに少年に聞いた。
「当店は、殺人を犯すのではなくあくまでお客様が納得のいくような、自殺を提案しお客様と相談しだいそれを実行する。そういった仕組みに、なっておりますからお客様を殺すことはできないんですよ」
「つまりは、俺は自殺をすればいいんだな。殺されるのではなく」
「はい。お客様が、本当に死にたいと思うのなら」
その、少年の言葉を聞いて、男性は何一つ迷いなく言った。
「なら、俺の自殺方法を考えてくれ」
その、言葉に迷いなど一切なくただ純粋に死にたい、そんな気持ちだけがあった。
そして、少年はその言葉を聞きほくそ笑んでいた顔がより、ゆるくなっていた。
「商談成立ですね。なら、明日またここに来てください。その時に、お客様の自殺方法をいくつか提示させていただきます。なお、今日中に自殺をお客様自身でしてもかまいませんので」
「わかった。明日だな。どうにか、明日まで生きててやるよ」
「はい。ぜひとも」
少年は、元の営業スマイルに戻った。
「今日はありがとう。また明日来るよ」
「お待ちしております」
男性は、来た時とは別人のようになっていた。死ねる安心感を感じたんだろうか。
それから、しばらくして男性が見えなくなった。
「ふ~」
「朝からお疲れ」
仕事の、スイッチが切れたのか、少年はさっきまで男性が座っていたソファーに横になる。
「ちょっ。自殺方法考えないの?」
女性の、そんな言葉に少年は余裕な表情を見せて言い放つ。
「そんなのもう決まっているよ」