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第3話 その頃“怪しい粉”の生産国では

―― 平成××年夏 カリブ海 某共和国 ――


吉祥寺サンロードはずれの墓地でOLたちが“怪しい粉”を処分していた頃、地球の反対側カリブ海の島国でも不気味な動きが始まっていた。


≪ピカッ≫


漆黒の闇の中を閃光が走り抜けた。


≪バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ≫


その直後、耳をつんざく様な轟音が響き渡る。近くのヤシの木に落雷したようだ。


「おおっ! 地の底に霊気が宿ったぞよ」


暗闇の中で爛々と目を光らせた老人が地面に耳をつけながら叫んだ。微かに地中から何かの胎動する気配が伝わってくる。


「霊媒師。俺の依頼は成就できそうか?」

「もちろんじゃ。ワシの調合したゾンビパウダーに失敗はない。夜明け前の闇が深くなる頃には姿を現そうぞ」

「じゃ、じゃあ、あとはアンタに任せていいか?」


太った男が汗を拭いながらいかにも大儀そうにそう言うと、老人は呆れたように目をしかめた。


「何をたわけたことを! ここからが肝心なところじゃ。そいつを自由に操りたいと思うのなら、オマエさんが地上に蘇ったとき最初に目にする人間となって、そいつを呪法で縛りつけねばならぬのじゃ」

「そ、そうか、わかった。もし、もしも、それをしないとどうなるんだ?」

「誰も呪法しなければそいつの中に宿る思念によって操られることになる。そいつが死の際にどういう思いを抱いていたか次第、というわけじゃ。高い金を払って死人を復活させたのに勿体ない話だな」


と老人は答えた。

短く襟足を刈りそろえきっちり固めた髪が生成りのパナマシャツに映え、胸元と手首に光るゴールドの鎖がリゾート地の裕福な住人を思わせる。相当な報酬を得ているに違いない。稲光に浮かび上がる老人の姿は、霊媒師というのに意外にも一般市民らしい普通の格好だった。


「ということは・・・俺はここにいて、そいつが地中から現れるまで待つのか?」

「そういうことだ。やることは済んだのでワシはこれで引き上げることにする。後は気長に死人の復活の瞬間を待つのじゃよ。雨が強くなってきた。それじゃあ、風邪をひかんようにな」

「お、おい? 俺をひとりにする気か?」

「そりゃあそうじゃろ。高い金を払って蘇らせたそいつが、目を開けて最初に見たのがワシになっては元も子もないじゃろうが」

「そ、そうか・・・そうだったな」

「ということで、後はよろしくな」


そう言うと老人は、呪法の道具をゼロハリバートンのアタッシュケースに仕舞い、男を残して立ち去った。




「じいちゃんお帰り。ひどい雷雨だったから大変だったでしょ?」


霊媒師が自宅に戻ると、青年が居間でテレビの深夜番組を見ていた。同居している孫だった。


「ああ。それも仕事のうちさ。ところでお前、うちから薬を持ち出さなかったか?」

「な、なんの話だい? 俺がじいちゃんの大切にしている呪術部屋に入る訳ないだろ?」


青年は慌てて否定する。というのも時々青年は、霊媒師の呪術部屋に忍び込んでくすねた粉を、街で観光客に売って小遣い稼ぎしていたからだ。


(何で気がついたんだろ? じいちゃんが絶対気がつかないくらいの量しか持ち出していないんだがな・・・)


「ふむ・・・それならばいいんだが。どうも作り置きしておいたゾンビパウダーの量が少ない気がしたんだがな」

「ゾ、ゾンビパウダー? マジックマッシュルームの粉じゃなくって?」


思わず青年はビクッと反応してしまった。


「ああ、ゾンビパウダーじゃ。今夜の呪法のために、調合して熟成させておいた奴だ。近頃じゃ依頼主も少なくなったが、まだまだ根強い要望はあるんじゃよ」


(持ち出したのは幻覚剤ではなくゾンビパウダーだったのか! これはマズイかも・・・)


「ねえ、ゾンビパウダーって死人を蘇らせる薬なんだよね」

「ああ」


霊媒師は、何をいまさら当然のことを尋ねるんだ、という顔で孫を見つめた。


「もしも、もしもだけど。生きている人間が飲んでしまったらどうなるの?」

「生きている人間だと? それは絶対あってはならぬことじゃ!」


思わず怒ったように霊媒師が大声をあげる。その権幕に青年はビクッと身体をすくめた。


「だ、だから、もしも、だってば。思いがけないアクシデントで飲んじゃうケースだってあるでしょ」

「まあな」


霊媒師は言い澱む青年の様子に、不審な目を向けながら言った。


「お前、ゾンビパウダーが何から作られているか知っているか?」

「いいや。じいちゃんには幼い頃から薬草採りに連れて行ってもらったけど、全然草や茸には興味なかったから・・・」

「だから、孫であってもお前を跡継ぎにはできんのじゃ」


実のところ青年は小難しい薬草学など面倒くさくって興味なかったのだが、興味がないと宣言することで老人に呪術部屋になんか入り込むはずはないと思わせてもいた。


「お前に難しい薬草の成分の話をしても理解できんだうが、要は強壮剤じゃ。死人を蘇らせるほどの生命活性力があるんじゃよ」

「ということは・・・それを生きている人間が飲めば・・・」

「そうだ。ゾンビパウダー一匙で、男なら前にぶら下がっているイチモツが1ヵ月は怒張しっぱなしになるだろうな。鼻血ブーだ。ま、お前が女の子を口説いて一晩中“ナニ”をする必要に迫られたら、ワシに相談しなさい。適量を処方してやろう。なにせ、女の性欲には限界がないからのう。ホッホッホッホッ」


霊媒師の老人は片目をつぶってみせると、いたずらっぽく笑みを浮かべた。


(5日前、持ち出した粉を買ったのは観光で来ていた女たちだっけ・・・日本人だと言ってたし、女だし、何かが起きるとしても地球の反対側の話か・・・まいいいか。それより精力剤か・・・幻覚剤も金になったけど、そっちなら観光で来ている老人たち相手に商売できるかも!)


「ね。この際だから、ついでに教えてほしいんだけど・・・ゾンビパウダーを精力剤で使うのって一晩分だとどのくらいの量なのかな?」

「おや、お前が薬に興味をもつなんて珍しいじゃないか。ひょっとしてワシの跡を継ぐ気になってきたか?」

「ま、まあね・・・」

「ならば、呪法をしっかり教え込むぞ。今からでも遅くはないからな。よい折だから、明朝ゾンビが誕生する瞬間にも立ち会わせてやろう。それまで時間はたっぷりある。ゾンビの理論的背景についてワシが詳しく講義してきかせよう。そもゾンビとは何か、なにゆえ人はゾンビを生み出そうとするのか、まずはそれから学ばねばならん! 」


俄然張り切りだした霊媒師に、青年はタジタジとなりながらも「これも小遣い稼ぎのためだ。最悪、霊媒師稼業を継ぐ事態となっても身入りはいいからな」と諦めて付き合うことにした。この島国にはまだまだシャーマニズムが息づいていた。




「と、いう訳じゃ。理解できたか?」


それから4時間後、霊媒師が青年に向かって訊いた。


「あ・・・まあ。なんとか」


くたびれ果てた様子で青年は答える。


「いま説明してやったことを覚えんとゾンビ呪法は使いこなせんぞ。さて、そろそろ復活の時間じゃ。この辺にしとくか。それにつけても奴さん、ちゃんとゾンビと対面できたかのう。アイツに言い忘れたが、ゾンビを呪法で縛り付けるには支配しようとする人間が、ゾンビの目をしっかり見て暗示にかけなきゃならんのじゃった・・・その場にいても寝てたりしたら食われるだけなんじゃがなあ・・・ま、いいか。金は前金でもらっとるし、そんときは消滅呪法でゾンビを墓に戻してやればよいからの」


と言いながら霊媒師は孫を連れて、夜明け前の漆黒の闇の中を復活の現場へと向かって行った。


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