英雄探偵と灰色の男
「おぉい、どぉこ行くんだ~?」
「・・・」
通路の壁に背を預けた全獅の声に、しかし拷問室から出て来た大和が振り返りもせず立ち去るのを、熊切は睨むように見送った。先程ここで見送った桜夜と同じ、まだ成人して間もない未熟な少女であるとはいえ、女刑事にとっては自分の築いてきた実績と立場、権限と管轄を無視して土足で踏み入ってきた部外者でしかない。なぜか大和が意気消沈しているようでも、手厳しい態度をとるのは当然で、その嫌悪と拒絶の姿勢は、
「全く・・・だぁから俺にはアイツの世話は荷が重いって言ったのによぉ~」
「〔アナタ達のような戦争屋には、今回の1件は荷が重かった〕、の間違いじゃないかしら?」
もちろんのように、状況の緊迫に飄々とした態度を終始崩さない全獅にも向かう。
そして、
「そういうヨロズ市警も、結局何の情報もクソも手に入れられなかったんスよねぇ?熊切刑事は、名探偵・波崎和馬がいなけりゃ犯人1人、今回の件の〔黒幕〕の足跡すら探し出せないってわけだろぅ?」
東全獅の挑発も、熊切の痛いところを突いてくる。熊切自身、状況に取り残された全獅が自分と同じように苛立っていること、だからこそ互いにとってこれは無駄な口論なのだとわかっている。去り際に見た可愛い桜夜の悲しみの涙が、今でも胸の奥でズキズキとした痛みとなって女刑事を確かに苦しめている。
だが、
「その〔黒幕〕の操る手駒、赤い光の崩壊者をお得意の戦場で仕留め損なったアナタが、よく人の仕事の不出来を言えたものね?」
「ありゃ~わざと逃がしてやったんだぜ~?アンタらが途中で追跡をまかれなければ、この事態を指揮する〔黒幕〕に辿りつけたものをよ~ぉ?」
熊切と全獅は、すでに子供ではない。
1度でも非を認めれば完全に主導権をとられること。
〔大切な者を守るためには他人を許すということを許してはならない、それが必要なことだと知った大人達の世界〕、〔社会〕で生きている人間だった。だからこそ2人は納得出来ない状況の罪を被せあい、己の抱く何かを守ろうとする。
しかし、
「・・・」
「・・・シーくん、天出雲時雨は」
「・・・」
「とても、とても優しい子なの」
「・・・」
「・・・」
「・・・大和も、さぁ」
「・・・」
「アイツもさぁ、こんなとこにいるヤツじゃないと、俺は思うんだよなぁ~」
「・・・」
時雨の出した条件。
それを呑んだ2人。
〔動くことを禁じられた2人の大人達〕は、そっぽを向いてそう零す。
そして、
「・・・凛名?」
「・・・大丈夫、です」
青い瞳の少年は、その一言で、見上げてくる銀色の少女のまっすぐな眼差しで、改めて心を決める。
迷いは、ある。
不安も。
恐れも。
ただ、時雨は決めた。
だから、
「やあ、こんばんは。今日は良い月が出ているね?」
「アンタと初めて会った時も、アンタはそう言ったな」
時雨と凛名は人気のない廃墟、元は病院のロビーだったそこで、ガデティウスに跨った波崎和馬と対峙する。