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もう、いいんです

「いいのかよ?おお?こんなことして?今なら俺、アンタをぶっ飛ばせるぜ?」

「天出雲時雨は投降する。その、交換条件の1つが、これだ」

「どういう、こと?」



 〔界子〕を吸引する装置が停止した拷問部屋の暗闇においてなお黒い少女、絶薙大和は拘束椅子に縛られた真白虎丸の手足の錠を解きながら、不機嫌な口調でそう言った。自分と同じレベルの戦闘力を誇った白虎の前で、大和は無防備に後頭部を曝しながら少年の右脚を縛る最後の拘束を外す。

 だから桜夜は、内心では事態の推移を予測出来ていても、思わずそう聞いていた。

 しかし、少女の幼馴染は、彼女のような頭脳を持ち合わせていない。ゴキリと音を立てて首を鳴らした白虎が細く強靭な身体を起こし、立ち上がると同時に大和の胸倉を掴んで引き寄せる。

 その声は、



「おい。テメェ、なんて言った?〔アイツが負けを認めた〕って、そう言ったのか?」

「来るなら来い。私は機嫌がすこぶる悪い」



 闇の中で、殺気立ったエメラルド色の瞳と漆黒のそれが出会い、桜夜の前で双方の不可視の怒りが激突。余人の立ち入りを許さぬ静かな激火の空間の生み出す。

 だが、



「白虎っ!やめなさい!」

「だ、だけどよう!?」

「・・・やめなさい」



 強いて命令口調を装った桜夜の藍色の瞳が、野獣もかくやといった面持ちの白虎を狼狽えさせ、押し黙らせる。そのやりとりに、苛立ちのこもった溜息を1つついて、大和が白虎の手を乱暴に振り払う。黒の少女は、そのままカツカツと靴音を立てて桜夜の横を過ぎ、部屋を出ようとする。

 だから、



「待って。アイツは、時雨はなんて言ったの?」



 桜夜は、白虎以上にギシリと空気を軋ませる声で問う。

 大和の長髪がフワリと揺れ、藍色の瞳をまっすぐに見つめて答える。



「事は単純だ」

「どういうこと?」



 再び溜息を吐いて、大和は桜夜に告げる。



「先刻の貴様らの違法な介入行為は、不問に処される。現時刻をもって、貴様らは自由だ。ただし、これ以上この件に関わらないこと、それが条件だ」

「それは・・・」

「ああ。それが、〔天出雲時雨が出した条件〕だ」

「どういう、ことだよ・・・?」



 桜夜の賢明な頭脳は、大和の言葉の意味をすでに理解している。傷ついたような顔を伏せた少女の様子に、心配そうな声を出して白虎が近づく。だから桜夜は、悲しげな微笑で振り向く。

 つまり、



「アイツは、〔私たちの自由〕と、〔これ以上関わらないこと〕。その2つを、投降する条件にしたの」

「そ、りゃあ・・・?」

「言い換えると、ね?アイツは、私達を守ろうとしたの。私達だけは、〔この件に関わりのない人間〕として、そうやって、〔私達だけは〕、助けようとしたのよ」

「な、お!?」



 桜夜の静かな言葉に、白虎が呆然と口を開く。仲間だと、親友だと思っていた幼馴染の決断に、2人の間には静寂が満ちる。少女の中に愛しさと哀しみ、少年の中に怒りと痛みが広がる。

 そして、



「あの貴様も、この程度かよ・・・!?」



 無関係であったはずの大和までもが、桜夜に聞こえるか聞こえないかの声量で、苛立ちと不満の呟きを漏らしていた。

もちろん桜夜には、大和が激怒している理由がわからない。

 ただ、時雨の拒絶が、自分を悲しみに落し、白虎を苛立たせ、大和をおかしくしたことだけはわかる。

 だが、



「・・・行くよ」

「え?お、おい?」

「行くの!」



 桜夜は白虎の手を引いて、拷問室を後にする。

 大和の事を放置して、少女は扉に手をかける。扉の向こうに立っていた小柄な少年を見て、桜夜の脚が止まる。



「・・・2人、共」

「雷音くん」



 うなだれていた少年、口の端から血を流した雷音が憔悴しきった顔を上げて、突き付けられた現実を桜夜と共有していることを示す。少年の黄色い瞳の中に自分と同種の痛みを見て、桜夜の藍色の眼に涙が満ちる。

 それでも、



「行こう」



 涙が溢れ出るのを堪えた少女は、両手で少年達の手を引いて早足に廊下を進む。途中、オレンジ髪の青年と、顔見知りである熊切刑事が、廊下の両側で進む3人を迎える。沈痛な面持ちの熊切の顔を見ることも出来ず、桜夜は顔を伏せたまま廊下の先にある階段を目指す。

 そして、



「ただでさえ混乱してんだ、君ら、もう余計な邪魔しないでくれよな~?」

「アナタ!?」



 黒の戦闘用コートを揺らす青年が無神経な言葉を投げ、それに対し熊切が喰ってかかる。

 だから、



「・・・です」

「え・・・?」



 桜夜は、オレンジ髪を掴んだまま怪訝な声を出した熊切へと振り返り、白虎と雷音が見ていることもわかっていて、



「・・・もう、いいんです。アイツとは、もう関わらないから」



 頬に一筋の涙を流して、ハッキリとそう宣言した。


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