俺の異名を、言ってみろ
「私の、望み・・・?」
「そうだ。お前が、親父と会ってから、ずっと望んでいたこと。それを、俺はもう知っている」
信じられないといった様子の凛名の眼差しを真正面から受け止め、時雨はハッキリとそう宣言する。問いかけた凛名も、時雨と言う人間がどんな力を持っているかを思い出す。彼が探偵であり、すでに朧凛名の断片情報感情移入術を終えているだろうことに気づく。
だからこそ、
「無理、ですよ」
「なぜだ?」
そう言って否定する少女に、時雨は問うた。
すると、
「私が危険なのは、みんなが利用しようとすることは、わかってるじゃないですか」
「・・・」
凛名は、時雨から顔を背けてそう呟いた。確かに少女の言いたいことは、時雨にはよくわかっている。ほんの数時間前、彼女を付け狙う組織同士の抗争、そこに自分のみならず友人達すら巻き込んでしまったのだ。
しかし、
「大事なのは、そこじゃない」
「じゃあ、何が大事だって言うんです?時雨さんは、桜夜さんや白虎さん、雷音さんが危ない目にあってもいいんですか?」
「ダメだ」
「それなら!」
「だからこそ、俺はこの街を出る。お前も来い」
「え・・・?」
時雨の発言に驚き、凛名が身体ごと振り向く。
そして、
「そん、なの、ダメです!」
「どうして?」
「どう、してって、そんなの、みんな、寂しく・・・」
「アイツらが死ぬよりいい。大切な人がいなくなるより、2度と会えなくてもいい、俺はアイツらに生きていて欲しんだ。そして同時に、俺にはお前が必要だ」
「!」
時雨の声には、確固たる決意の色がある。それを感じ取ったからこそ、彼の過去を聞いて知っていたからこそ、凛名は二の句が継げない。
だから時雨は、
「もう1度言う。大事なのはそこじゃない。大事なのは・・・」
一息を吸って、告げる。
「〔お前が生きたいのか、死にたいのか〕、だ」
「わた、し・・・」
少年の問いは、曖昧な言葉ではあった。
だが凛名には、自分の望みを誰より知っている少女には、時雨の言葉の意味はハッキリとしていた。少年が自分の望みを、朧凛名の真実を確実に突きとめていることを示していた。
そして、
「わた、しは・・・」
凛名は、惑い、恐れ、不安に押しつぶされそうな少女は、
「・・・信じ、たい。信じて、みたい・・・私、時雨さんを・・・」
消え入るような声でそう漏らす。
それを、その一言を引きだした時雨は、
「なら、ちゃんと信じられるように、俺なら大丈夫だと思えるように・・・」
「・・・」
「俺の異名を、言ってみろ」
この時ばかりは頼もしき2つ名、〔英雄探偵〕を冗談めかして掲げた少年は、罪悪感と本心から出た願いの板挟みで苦しげな凛名を胸に掻き抱く。
そして、この瞬間。
少年は、世界を救う責任を負った。
だから、だからこそ、
「おおい!?時雨くん!?」
「ノンさん?」
「大変やさ!こぉれ!」
ボロを来た初老の男、時雨の連絡を受けて2人を保護したこの地区のリーダーが駆け寄る。
その手が持つ小型テレビの映像を見て、
「・・・やり、やがった!」
だからこそ、世界は少年に容赦しない。