この、まま
それから1時間の後。
「そ、そんなことが、あったんですか・・・」
「ああ。恐らくあれは、ミールが俺に見せた夢だ」
時雨は、燃料を追加されて再び燃え上がった空き缶の炎の近くで、同じように座る凛名にそう言った。ついこの間の夢の話をしていた少年は、勝手に肩に載って眠っている子竜を確認して、さらに話題を展開する。
「ここからは全部推測だが、ミールは指環を嵌めた俺の力を引きだしたんだと思う。俺の力は、俺の親父すらハッキリと分類出来なかったが、一応は〔心を読む〕、〔効果範囲内の他人の心の声を聞く〕というモノらしい。そして、この指環の作成には親父と、お前と同じ〔純竜種〕の使い手である母親が関わっている」
「つ、つまり、その指環には〔純竜種〕の力が関わっている、ということですか?」
「俺はそう思う。だからこそ、同じ〔純竜種〕であるミールは指環を通り越して俺に直接干渉出来たんだと、そう思う」
理解の早い凛名の言葉に、時雨は次の予測を述べる。
「俺自身、ハッキリとはわからない。だが俺の力は、〔ただ心を読むだけじゃない気がする〕」
「ど、どういう・・・?」
「俺は、能力発動中、〔相手の心がわかる〕。それは、今までは〔その瞬間相手が考えていること〕だけだった」
「だった?」
「ああ。だが、お前の奥、言うなれば深層意識とか記憶領域とか言うところまで到達したことで、俺の中の何かが変わった。その証拠に、俺はあの赤黒い巨人の、深奥から響く声が聞こえたんだ。あの、感覚は・・・」
時雨は外套のように肩にかけた毛布の中から左手を持ち上げ、そこに嵌る黒い指環をジッと見つめる。
そして、
「そう・・・なんだか俺はあの時あの巨人と、〔魂で繋がっていた〕、ような・・・」
呟いた少年は、左手を降ろして自分の前に座らせたそれを再び両手でギュッと抱く。
「お前は、何も感じなかったのか?俺は確かに、あの時〔お前の中にいた〕のに?」
「い、いえ。私は、何も。でも、その・・・心当たりは、あります」
「何?」
「でも、その前に・・・」
「その前に・・・?」
時雨と同じように毛布にくるまった華奢な体が1度ビクリと震え、暖房代わりの炎を背景に紫水晶の瞳を振り向かせる。
つまり、
「あ、あの、時雨さん?」
「ん?」
「え、っと・・・お話の途中に、すみません。でももう、大丈夫、ですよ?わ、私、もう寒くないです、よ?」
時雨は、自分の脚と脚の間に凛名を座らせ、その冷え切った身体を毛布越しにずっと温めていたのだ。衣類が全部濡れてしまい、しかしここは替えの服にさえ困るスラム街。さらには屋内とはいえ初春の寒風が差し込むこの場所で、濡れた服と洗った髪が乾く間だけでも互いの体温を使って暖をとる少年の選択は決して間違ってはいない。
しかし、
「お前、俺に嘘を吐くのか?そんなの通じると思うのか?まだこんなに冷てぇじゃねぇか」
「は、ひぅっ!?」
時雨は耳まで赤くなって小さく悲鳴を上げた凛名を無視して、少女の剥き出しの素足や手を両手で撫でる。少しでも少女を温めてやろうという少年の思いやりだったが、当の凛名が気恥ずかしさと心地よさの板挟みでどうしていいかわからなくなっていることには、時雨は気付かない。
もちろん、
「べ、別に何もしねぇよ」
「ひふぅ・・・?」
毛布の下は下着しかつけていない凛名を抱きしめる時雨自身、
「いや、その・・・別にお前に魅力がないとかそういう意味ではなくて、だな」
薄布の下から伝わる凛名の柔らかさや、愛らしい小動物を守るような湧き上がる保護欲を完全に無視できるわけではなかった。
だから、
「・・・ど、どうしても嫌なら、やめる」
頬の熱色を見られたくなくて、時雨はそっぽを向いてそう言う。本心ではこのままでいたいが、嫌々そうするわけにはいかないという苦渋の言葉。
しかし、
「そん、え、なうぅうぅぅぅ」
どうやらその言葉は凛名の中にもかなりの葛藤を生んだらしく、それからしばらくの間、2人の間には沈黙が降りた。
そして、
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この、まま」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お、おう」
やっと互いに正直になった2人は、薪の爆ぜる音に消え入るほど小さな声音でそう言った。互いの顔を見ることをせず、だから互いの顔が赤いことも2人にはわからない。
魂を通わせるように、左肩に子竜を乗せた時雨と凛名は、暗闇の中の小さな赤い炎の前で身を寄せ合う。