お前が誰を傷つけた?
酷い状態だ。
それが、時雨が凛名を見て最初に思ったことだった。
少女の紫水晶の瞳の周りは、泣きつかれたように赤く腫れ、頬には今も涙の筋の後があった。
精神的なショックにより、元々細かった頬がこけて見え、水すら口にしていないのか、寒い空気によって唇は荒れている。
少女の足元は、濡れている。
どうやら下水管を通った後、着替えもせずにここに蹲っていたらしく、よく見れば英星高校の制服を纏った華奢な体は小刻みに震えている。
艶やかな銀色の髪もベッタリとその背に張り付き、汚物と汚水、擦り傷や切り傷によって、少女の健常さは完全に失われていた。
その上、
「・・・ふ、う」
「凛名?凛名っ!?」
時雨と彼の足元にいるミールを見た少女は、何かを恐れるように両手で後ずさり、背中を向けて闇の奥へ向かおうとする。力が入らないのか、両脚を引きずるようにして逃げようとする凛名を、時雨は痛む身体を無視して引き留める。肩にかけた手で少女を振り向かせ、俯いた凛名の顔に問う。
「なん、だよ?どうし、たんだ?」
「・・・」
「俺が、俺だよ?わかるだろ?天出雲時雨を、お前は?」
そして、
「凛、名・・・」
時雨は、理解した。
両手を顎の下で強く強く握り合わせた少女が、俯いたまま引き結んだ唇を震わせる少女が、どんな想いで時雨を待っていたのかを。どれだけ不安で、心細くて、白虎と桜夜、雷音達が心配であったかを。
待つことすら罪であると、少女が思っているのだということを。
「ごめ、なさぃ・・・ごめ・・・」
凛名の顔が上がり、ついに紫水晶の瞳、その淵から、溜まった涙が落ちる。
掠れる声で、謝ることしか出来なくて、身なり以上に傷ついた少女が震える。
そんな少女を、
「黙れ」
少年は、放っておけない。
「で、も・・・」
「黙れよ・・・黙れ」
ただ、少女の額を胸に抱き、頭を掻き抱き、宥めるように背を撫ぜることを躊躇しない。
なぜなら、
「お前が、何をした?〔お前の意思〕で、お前が誰を傷つけた?凛名?」
「ふ、うぅぅぅぅぅぅ!」
時雨は、凛名の性格をほんの少しだけ知っている。
彼女の生い立ちを、父と出会ってからの努力を、知っている。
罪と自己憎悪の狭間で、耐えてきた少女の些細な望みを、知っている。
ならば、
「お前はお前の意思で、俺を救ってくれただろう?」
時雨が口にすべきは、それしかない。
黄金よりも、愛よりも重いと言った少女の命。
それを噛みしめるように、強く少女を胸に抱く。
罪すら踏み越える少年の言葉と温もり。
凛名には、それで十分だった。
そうして、
「う・・・ぅあああああああああああああああああぅ!」
世界を揺るがす銀色の少女は、少年の胸で赤子のように泣いた。