姉妹
『・・・また、このヨロズ警察署襲撃と深い関わりがある危険人物として、我がTSYは独自の情報と、それを裏付ける〔賞金首リスト〕の更新を確認しており・・・』
少年の身体は、その蒼い目を開くと同時、思考がテレビ映像から流れた音を認識する前に身を起こしている。
だから、
「痛っっっってぇ!?」
「そら~そ~らろ~?」
血のシミが残る診療台から仰向けの身を起こし、痛みに丸くなった胴体に包帯を巻かれた時雨に気づき、テレビを消した黒い医療衣を纏った黒マスクの中年男が振り返る。
不審な身なりの男に向かい、時雨は叫ぶ。
「どうなってる!?凛名は!?おい今何時だ!?」
「落ち着けろ。おるら、時雨?」
「答えろ!?DJ!?」
時雨は、立ち上がって近づいてきた黒衣の男、闇医者・DJの胸倉を掴んで引き寄せる。少年の血走った眼と鬼気に動じもせず、滑舌の悪い黒衣の医師は答える。
「だ~いじょうぶらよ。お前の連絡を受けて、ノンさんがちゃ~んと保護してるろ」
「どこだ!?凛、名は!?」
言葉は、背中と内臓から響いた痛みで掠れる。心臓の鼓動と同期したようにズキズキと身体が痛みの声を上げ、しかし処置を受けたばかりの重傷患者である少年の脚はすでに診療台から降りている。
「お~い?幾らオイラが処置したからっれ、ま~だ歩ける状態じゃねえろ?」
「うる、せえ!俺のことは、俺が心配すれば腐れ十分だ!」
それでも、少年は包帯に覆われただけの上半身を揺らし、取り替えられた清潔なモスグリーンのズボンを履く両脚を前へと進める。素足のまま、医療器具と電子機器、医薬品とカルテが並ぶ列を横切り、ランプの灯りを閉じ込める砂色のテントから外へと出る。
天井に穴の開いた巨大な駐車場の中心、青白い月光の差し込むそこに、時雨は背中の傷から血を滲ませて進む。周囲に設営されたテントの群れから汚れたスラム民の顔が幾つか覗き、まだ初春の冷たい夜を逃れようと、ドラム缶で薪を燃やし、安酒を煽っていた者達が振り向く。
そして、
「お、前・・・?」
「ガアウ」
時雨は、青い光の中に現れたウサギサイズの白無垢の獣、〔月虹竜・ミールナール〕に気づいて脚を止める。ちょこんと後ろ足で座った子竜が紫水晶の瞳で時雨を見上げ、今度はプイッと顔を背けてピョコピョコと去って行く。
しばらく行くと、時雨を導くように子竜は脚を止めて首を巡らせ、少年を見つめる。
だから、
「お前には、〔意思〕があるんだな?」
時雨は眼前にいるミール、〔心象獣としてはあまりに自由すぎる状態〕を改めて確認し、以前雷音から聞いた知識を思い出す。
それは、母体内で汚染の影響を受け、感染者となるかが決まる現代の胎児の話。1つの受精卵の他胚化による、一卵性双生児だけが持つ可能性。
つまり、
「お前は、〔凛名の感染者としての能力が生んだ、凛名の無意識を象徴するだけの獣〕ではない。お前は、胎内で1度凛名と別れ、汚染の影響で再び融合した、〔凛名の姉妹〕なんだな?」
朧凛名は、実に珍しい、2つの魂をその身に宿した少女だったのだ。
本来なら、2つの魂にはそれぞれの肉体が与えられ、それぞれに生きていたはずだった。
汚染の影響がなければ、凛名には双子の姉か妹、兄か弟がいたはずなのだ。
だから、
「少なくとも、お前は俺を、必要としてくれるのかよ?凛名には俺が必要だと、思ってくれるのかよ?」
時雨は、そう子竜に問いかける。
子竜は答えることもなく、時雨の前をピョコピョコと進んでいく。
しばしの間立ち止まった後、時雨はその小さな背を追った。
スラム民の住処、顔見知りばかりの注視を受けて、その視線が及ばぬ廃墟の奥へと進む。
そして、
「凛名・・・」
「・・・・・・・・・・・・・れ、さん?」
時雨は月光すら届かぬ暗闇の中に、一抱えはある空き缶の中で暖房代わりの薪がくすぶる煙を見る。ボロに包まり、出されたスープにも手をつけなかったらしい、凛名と再会する。