はうぅいいいいい!?
ヘルメットにスラムの光、焚火や裸電球の灯りを反射させながら、舗装されていない剥き出しの大通りを単車が走る。左右の通りには、ボロを纏った物乞いから、煌びやかな衣装を纏う売春婦、暗い眼をした裏路地の男達の姿が見える。怪しげな肉の吊り下がった店の軒先を掠め、甘ったるい香水と反吐の混じり合った臭気を振り切り、単車はまばらに人影と車が通う月下の大通りを進む。
そして、
「ふ~ん、クール気取り?英雄探偵って感じ?いや、説教探偵?さっすが俺様、時雨様?」
「・・・うるせえなああああ」
ガデティウスが、スラムの風を切る。英星高校の制服の裾を揺らしながら、時雨は不貞腐れた声を通話相手、桜夜という名の少女にかけていた。先ほどかけ直すのが面倒臭くて通話を切っておかなかったことを時雨が後悔していると、少女の声が僅かの反響音を伴って再び届く。
それは、
「うるさいじゃないよ、本当に。わかってるよ?探偵が危ないのは。今回みたいにスラム観光がしたいから護衛しろって仕事もあって、なまじアンタが人より強いから、そういうの引き受けるのはわかってる。そりゃ、わ、私はアンタの幼馴染ってだけだし!?ク、ソう、それだけだし!?」
「・・・?」
なぜか桜夜が少し次元の違う方向、自分自身へ苛立っている様子を感じて、時雨は怪訝に眉を寄せる。桜夜はそれに気づかなかったようで、「と、とにかく!」と前置いて続ける。
「そんな強くどうしろこうしろ言っても、アンタが聞かないのもわかってる!アンタの目的、〔行方不明の両親と大切な仲間〕を見つけたいっていうのは、それだけ大事なことなんだって!だけど、でも、私も白虎も雷音くんだってアンタと・・・!」
真剣な色を帯びた、心配の声。
そして、時雨はその後に桜夜が自分になんと〔提案〕しようとしているのかわかっていた。少女の言葉に含まれた共通の友人達が、彼女と心同じであることも。
だから、
「桜夜」
「え・・・?」
「俺は、お前にどうしても言わなきゃならないことがある。大事なことだ。そう、これからの〔2人の将来の話〕だ」
「お?う?将来?〔2人の〕・・・はうううううぅううぅ!?」
「ああ」
「時雨、アナタトイウ人ハ、ソンナ、幼馴染カラ、一気ニ唐突ニ!」
時雨の口調の真面目さに、桜夜の声が上ずっている。少女の声に妄想からくる期待と不安が含まれていることを、性別的には女性であるガデティウスだけがわくわくと察している。
そして、
「桜夜」
「はうぅいいいいいい!?」
時雨の口が開く。