俺より馬鹿?
凛名の慟哭から、5時間後。
「だ~からさぁ~、こうしている間にも、〔真実ノ御旗〕が時雨くんと朧を発見してるかもしれないでしょ~が?君が喋らなければ、それだけあの2人は危険なんだよぉ?」
ヨロズ警察署の地下。照明の落とされた四方5mほどの手狭な室内で、闇に溶ける黒の戦闘用コートを纏った青年、東全獅は背後に今は何も反射しない鏡を置いて、短いオレンジ髪を揺らして首を傾げた。
それに対し、やたらと空調の音がうるさい室内の中央、設置された鋼鉄製の拘束椅子に固定されたタンクトップとデニム姿の少年が、血の流れる口の端と腫れた左目を笑わせて言った。
「時雨がそんなヘマするかよ。オッサン、何回言ったらわかる?俺より馬鹿?」
「そ~かもなぁ?」
ドスン!
ニタリと笑った全獅の右拳が、全く身動きのとれない白虎の腹にめり込む。鍛え上げられた腹筋を固め、歯を食いしばった白虎はそれに耐える。しかし、全獅の動きはそこで止まらず、右腕を引くと同時に左の拳が白虎の胴に撃ちこまれている。
だから、
「っげ、っは!?」
「もう、やめて下さい!」
「そうは言ってもね~?今は君らくらいしか、時雨くんの足取りを追う手掛かりないし~?」
光景に、全獅の背後で尻餅をついていた桜夜が叫びを上げる。左の頬を張られたのか、少女のそこは赤く腫れている。白虎を激昂させる餌として、また仲間が目の前で傷つけられることで自白すると踏んで、全獅が同席させていた少女は、恐怖に小刻みに身体を震わせてる。
だが、
「あ~あ~あ~もう」
全獅は、白虎の緑の瞳と、桜夜の藍色の眼差しに挟まれて、投げやりにそう言って部屋の扉へと向かう。〔AVADON〕の権限で監禁し、拷問し、しかしあまりにも固い彼らの結束をこんな短時間では崩せないと悟ったためだ。鉄の扉を開けて閉める刹那、胃液を吐く白虎を介抱する桜夜の姿を見て、青年の中に小さな痛みがある。
それを首を横に振って払い、
「どうだった?」
「いやいや無理だね~ありゃ。俺達にとっては悪い意味で、いいチームだよ」
全獅は、薄暗い廊下、扉の横に腕を組んで待機していたボロボロのパンツスーツ姿の大和にそう言って、少女と連れ立って廊下を進む。戦闘用ブーツの裏の鉄鋲がゴツゴツと廊下に響き、すぐに止まる。拷問部屋の隣に用意されていた観察室へ、全獅と大和の2人が進む。
拷問室を監視するモニターと直接様子を伺うマジックミラーの前、3人の人影に全獅は問う。
「こっちは?」
投げられた言葉に応じたのは、灰色の髪の男だった。