〔冷鉄女王〕の嘆き
そこから、状況は混乱の一途を辿った。
「貴様も、敵かぁ!?」
「きゃっ!?」
まず、大和を窓辺まで突き飛ばした桜夜が、黒の少女の柄の一撃を受けて廊下を吹き飛んだ。
その光景に、
「テ、メェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」
白い甲殻装甲で全身を覆った少年が、馬鹿だが快活で温厚な白虎が、完全にキレた。大和に負けず劣らずの〔界子〕を全身に集束し、黒の少女に白い爪と拳を連続して放つ。達人たる大和にもその猛攻は脅威であり、黒の少女は応戦するので精一杯となる。
その間に、
「外に白虎くんの軽トラがある!〔真白工務店〕の車だから、建設現場で応急治療するための医療キットも積んでる!今のうちに、時雨くん!?」
「だ、だが・・・」
「早く!白虎くんと桜夜さんは、僕に任せて!」
「く、そ・・・凛、名!来い!」
「で、でも・・・」
「来るんだ!」
状況にも冷静さを失わなかった雷音が、指輪を嵌め直す時雨の肩を支えて大穴へと逃げる。
「おおおおお!サイクロオオオオオン・ピストオオオオオオオオン!」
「どけよ!そこを!〔絶薙流〕!〔禍禍嵐〕!」
白虎と大和の間で繰り広げられる拳と弐刀による連打の応酬。轟音と衝撃波。触れてもいないのに建造物を揺るがし、侵食する罅割れと、砕け散るガラスを肌で感じ、凛名はそこに素人である自分が付け入る隙などないことを悟る。同時に茫洋とした藍色の目を揺らす桜夜を熊切が介抱する姿を見て、銀色の少女の眉と唇には苦渋。
そして、
「行って、凛ちゃん、時雨を・・・」
「桜夜、さん・・・!」
凛名の視界の中で、桜色の髪の少女が気を失う。
銀色の翼を生やす少女は、駆け寄りたい衝動を堪える。
彼女を傷つけた自分には、その資格がないということを認める。
だから凛名は踵を返して時雨を追った。
その光景を見て、
「待って!?シーくん!?」
裏切り者であっても、可愛がる時雨の身柄をなんとかして安全な状況に持ち込みたかった熊切が叫ぶ。そんな女刑事の耳に、大和と白虎の激戦の向こうから声が届く。
『事態昏迷。了解。撤収スル』
その声を聞いて、
「待ち、なさい!」
熊切は、桜夜を支えたまま片手で自動拳銃を背を向けた襲撃者に照準。5発ほど発砲して、角に消えた襲撃者を追うことを諦める。桜夜の救急搬送が、自分のやるべき最優先だと決める。中庭にいたはずの赤黒い巨人もいつの間にか消え、ただ空間に響くのは、その中庭の中央で拳と刃をぶつける白虎と理性によって力を抑えることをやめた大和の叫びだけだ。
目を細めた女刑事、〔冷鉄女王〕の呟きは、
「どうしてこう、上手くいかないのかしら」
警察署を屋上から1階まで斬り裂いた大和の刃と、中空にあった渡り廊下をまるごと吹き飛ばした白虎の拳が奏でる、暴虐の重奏に呑まれる。