不仲な2人のベストマッチ
ダタタタタタタタ!
弐刀を逆手にした大和と時雨の低い疾走に、冷静に連続射撃に切り替えた襲撃者の弾丸が廊下を削って襲いかかる。感染者特有の驚異的な身体能力と敵の射撃のタイミングを読む〔読心能力〕を駆使して無駄なく身をかわした時雨は、廊下の左奥にある角から身を覗かせていた襲撃者の手前で、刃で弾丸を受けていた大和を追い抜く。
それを見計らっていたように、発砲していた1人目の影から、ギラリと光るナイフを握った2人目が現れ、疾走の勢いを持つ時雨の顔面にそれを突きこむ。完璧なタイミングの、先読み攻撃。
だが、
「〔知ってるよ〕!」
『ナ!?』
〔先読みにおいて、能力を開放した時雨が負けるはずがない〕。必死に吐き気を堪えて捉えた襲撃者の思考を利用して、時雨はひきつる笑みで右に身を逸らして突きをかわす。同時に、さらに身体を逸らした時雨の左脚が、しなるムチのように襲撃者に襲いかかる。
「〔頂狩〕!」
蹴球競技のオーバーヘッドキックを思わせる上下が反転した体勢からの薙ぎ払う蹴りが、ヘルメットに覆われた襲撃者の側頭部に激突。空気中に満ちる〔界子〕で強化された時雨の骨と肉が、剛化プラスチック製のヘルメットを粉砕。それの緩衝効果を超えて、内部の襲撃者の頭部へと痛烈な衝撃を届け、時雨が両脚で立って体勢を立て直した時には、かろうじて立っていたその膝は折れている。
だが、
「うお!?」
ヘルメットを爆砕された襲撃者が、もはや意識も朦朧としているはずなのに、時雨の腰に組みつく。さらにはその機を逃さず、背後から3人目が両手に握るナイフを時雨に突き込む。角から身を引いていた1人目も、軽機関銃の銃口を時雨に向けている。幾ら身体能力が高かろうとも、時雨が腰に組みついた襲撃者を振り払う時間よりも、銃弾とナイフが届く方が早い。
しかし、
『なんだ、この感じは・・・?』
瞬間に間延びした時雨の意識は、この絶対絶命の窮地に置かれて、〔なぜ自分が安心しているのか〕を疑問する。それは直感とも確信とも呼べる感覚に近く、時雨の心を満たしており、〔次にとるべき行動もどうやら身体がわかっている〕。どうやら、先行していた少女を追い抜く時、彼女がなぜか両手の刀を左手の壁に突き立てた瞬間に、この行動は決定していたらしい。
だから時雨は、〔迷いなくナイフに向かっておじきをするように上半身を倒し、顔を自ら2本の凶器へと捧げる〕。
そして、
「〔絶薙流〕」
顎を腰に組みついた襲撃者の背中に押し付けた時雨に左方向から、〔確信の凶風〕が来る。〔心が読めたからわかったのではない、感覚による判断の結果が、訪れる〕。
つまり、
「〔双蛇双閃〕!」
〔大和が壁に刃を突き立てたまま、平行にしたその刃で壁を裂いて疾走しながら、それを振り抜いた〕。結果として、壁の終点、時雨に銃口を向けた襲撃者の背後から、スルリと弐本の刃が壁を斬り抜け、その胴体をもすり抜ける。さらには時雨の背後を大和が通過し、あらかじめかがめていた少年の頭上を、今度は交差させた弐刀が抜ける。駆け抜けていった大和が反転した時には、時雨の顔にナイフを突き込んでいた襲撃者の両腕と首が、アッサリと地面に転がり落ちる。
だから、
「こ、れは・・・?」
「なん、だ・・・?」
時雨は、腰下でついに意識を失った男を放置して、大和と視線を交わす。当惑したような黒の瞳と興奮に上気した頬を見て、〔この感覚〕も彼女も感じていることを知り、自分の蒼い瞳も同じような惑いと高揚した色を浮かべているのだろうと思う。
つまり、
「なんで、お前と・・・」
「こんなに、〔合う〕のだ?」
時雨と大和は、ただの連携ではない、〔初めからそのように作られていたような〕、互いの流派の奇妙な一体感にそう呟く。元々お互いに悪い印象しか持っていなかったため、2人の心臓の鼓動は余計に早いテンポで胸を打ち続ける。
そして、
ドッガッ!
時雨と大和は、天井を打ち破って現れた赤黒い肉の塊に、再び動きを取り戻す。