脱出戦線
「ダメだ。こっちは通じない。他は?」
大和の協力を取り付けた時雨は一度戻った倉庫の中で取り出した携帯端末の表示画面が圏外になっていることを確認して、残りのメンバーに問う。
すると、
「こ、こっちもダメ」
「私も同様だ」
「やはり、外部との連絡を遮断するための、通信妨害措置が取られているようね」
時雨と全く同じ機種、航羽社製の携帯端末を手にした青白い顔の桜夜とパンツスーツを朱に濡らした大和が少年に状況を伝え、首を横に振った熊切が現状を分析する言葉を返す。そもそも通信機材を持っていない凛名は、倉庫の出入口に放置されたままの死体を見て体調が悪そうな桜夜に寄り添う。
幼馴染の苦しげな表情に心を痛めながら、しかし時雨は次の行動を起こす。出入口に放置された死体の1つに近づき、両手が血に濡れるのも構わず、襲撃者から防弾ベストとヘルメットに装着されていた無線機を外す。
そして、
「桜夜」
「や、やだ、よ」
「それでも、だ」
嫌そうな顔をする桜夜に近づき、時雨は無理やり鉄の臭いがする防弾ベストを着せる。気丈にも状況に耐えている凛名にも同様にそれを手渡し、最後の1つを熊切に差し出す。刑事であり、この場における年長者でもある熊切が、苦々しい声で時雨に言う。
「私より、それは君に・・・」
しかし、
「俺が何と言うか、わかっているはずだ」
「嫌な子・・・」
時雨は、刑事ではあっても〔非感染者〕である熊切に、防弾ベストを押し付ける。指環を外して能力を顕現させた徒手空拳の時雨と、防弾ベストと中型自動拳銃で武装した非感染者の熊切では、どちらが戦力として優れているか、負傷の確率が高いかは、論じるまでもないことなのだ。しかし、成人年齢であるとはいえ、ついこの間まで法的には子供だった時雨にそうされることに、熊切は悔しげに下唇を噛む。
だから、こんな状況でも時雨はニヤリと笑って言った。
「大丈夫だ。俺にはヤマト・キャリバーという、腐れ剣がある」
「それが私のことなら、覚えておけ。それは隙を見て主人の男根を叩き斬る、去勢の使者だ」
「あら、漁食な英雄探偵には、危ないオモチャね?」
時雨の軽口に大和が乗り、ほんの少し表情を和らげた熊切が微笑を作って冗談に混じる。そんな熊切の、桜夜と凛名を少しでも安心させるためだけの演技を、時雨は有り難く受け取って次に移る。無線機に耳を当て、交わされる通信から情報を汲み取ろうとする。
しかし、
ザザザザザザザザザザ。
時雨に耳には、通信が成立していない雑音だけが届く。
だから、
「無線にも、通信妨害だと?携帯端末の基地局へ妨害を加えているだけじゃないのか?」
時雨は、怪訝に頼みの綱である大和を見上げ、
「これは・・・まさか!?」
黒の少女の背後、倉庫の扉の向こうから、カランと音を立てて手榴弾が投げ込まれる。