最強の手札
時雨は、内心で大和という人間を改めて確認する。
『絶薙大和は、敵との戦いを好む。しかしそれは、旧時代的な、侍のような、正々堂々とした戦だけだ。敵がいてそれを殲滅する自分がいる。そんなシンプルな構図と心情を持つがゆえに』
「お前は、こういう搦め手に弱い。奴らがどうやってお前を知ったかは知らないが、〔自然派〕は確実に意図して〔警察署のような一般市民も多い場所を襲撃場所に選んだ〕」
「・・・黙れ」
「この限定された状況下で、お前の気質を理解している敵と遭遇した場合、どうなる!?〔敵がそんなことを想定しているとは知らないお前〕は、まんまと術中にハマって死ぬ!」
「黙れ!」
再度、時雨の身体が窓に叩きつけられる。だが、それは弱弱しいもので、大和自身時雨の指摘を痛感していることを示している。だからこそ、時雨はいつ敵が現れてもおかしくない状況で大和を制止する説得を続ける。
なぜなら、時雨の視線の先、倉庫から慎重に脱出した3人を、時雨1人では守り切れない。先ほどの館内放送で〔明らかに一般市民を盾にして大和を追い詰めようとしている組織の、無益な争いを好まないなどという言葉を信じることなど出来ない〕のだ。
だから、
「俺は、〔自己犠牲〕は、美しいと思う」
「美しい、だと・・・?」
「ああ。それは、愛だとか、誇りだとか、〔譲れない何か〕に捧げる行為だ。だがな、お前のような、〔自らの想いに、与えられた能力が簡単に力としてついてきてしまった〕ような連中の美意識や判断基準は、自信を喰って肥え太った精神を持つ、思い上がった腐れブタの感性だよ。俺のように想いになかなか実力がついてこない人間からすれば、自分の美学でしか勝利を望まない、それしか勝利を知らないお前らは、自己満足なオナニー中毒者にしか見えない」
「・・・そんな、こと!」
時雨は、
「最後まで聞けよ。確かに〔自己犠牲〕をすることでお前は大いに満足出来る。だが、お前の周りにいる人間は、お前のお前によるお前のためだけのヒーローごっこをどう思う?お前の信じる生としての美しさは、いいか?簡単に人を救ったりしないぞ?むしろその美しさの後ろには、お前の気高い行いの影には、深く悲しむ人がいるんだ」
「・・・そんなことは、ない!私が私らしく死ぬことを、喜んでくれる人間もいる!」
「ならば例えば、撫子という人間はどう思っているんだ?」
以前逃走劇を繰り広げた時、大和が叫んでいた人物の名前を口にする。
そしてそれは、
『どっちだ?その人間は、絶薙大和の死を、〔どう受け止める〕?』
賭けだった。
もし撫子という人物が、大和が大和らしく死ぬことを喜ぶ人間だったなら、時雨の言葉は届かない。どんな説得をしようと、支える人間と進む人間の見るモノが同じなら、その強固な意志を覆すことが出来ない。
だから、
「・・・」
「答えろ、絶薙!?」
「キサ、マに・・・」
「あ?聞こえないぞ?」
「・・・貴様に何がわかる!?」
顔を上げ、苦渋を噛みしめるように、悔しそうに歯を食いしばった大和の泣きそうな顔を見て、
「だったら、俺と来い!」
時雨は、賭けに勝ったことを悟る。驚いた大和が、わずか潤んだ黒の瞳の直視で不敵な笑みを浮かべた時雨を見る。
つまり少年は、
「俺だけではみんなを守り切れない。お前だけではこの場を斬り抜けられない。だから!」
「だか、ら・・・?」
「俺が通るぞ!?そのための道を斬り拓け!俺の刃になりやがれ!」
桜夜と凛名、熊切を守り切る最強の手札を手にした。