赤い翼に濡れる狂気
「伏せろ!」
背後に叫んだ大和の前、倉庫の扉が蹴破られたのを、時雨は見た。ほんの数瞬早く反応していた時雨の身体は、背後に立った凛名を抱きしめて倉庫の奥の床に倒れ込む。同じように桜夜を抱えて床に伏せた熊切の赤茶色の瞳と、時雨の蒼い眼が刹那の間交錯する。
瞬間、
ダタタタタタタタン!
破壊された扉の向こうから室内を横薙ぎにした軽機関銃の軽やかな発砲音。次の瞬間には、鉛の嵐に引き裂かれた倉庫内の備品や窓ガラス、無数の穴を穿たれた壁面が、破片となって伏せた時雨達に降り注ぐ。
だが、
『ナニ!?』
突入してきた3人、薄水色と灰色、白で構成された都市迷彩仕様の戦闘服に身を包んだ〔自然派〕、戦闘を担当する実働員が、軽機関銃と合成音声を放つヘルメットを左右に動かして〔何か〕を探す。
彼らの探す〔それ〕を、時雨は先に見つけている。
そして、
「どこを見ている?」
〔黒のパンツスーツの袖から出現させた弐本の刀を天井に突き立てて身体を固定した状態〕から、フワリと重力に引かれて両手が握るそれを一閃させる。黒髪を靡かせた少女、逆さの斬撃を放って猫のように着地した大和の前で、寸前まで人だった2人の実働員の胴体が両断。肉と血の噴出を伴って、倉庫の硬い床に落ちる。
そこへ、
『ウ、オオオオオオオオオオオオ!?』
瞬く間に屠られた仲間の無惨な姿に、半狂乱となった3人目、最も後ろにいたという幸運により生きていた男が叫びを上げて室内でのとり回しが良い軽機関銃の引き金を絞る。
だが、
「貴様も、サヨウナラだ」
低い位置で左右にステップして狙いの定まらない銃撃を回避した大和が、何の躊躇もなく逆手に握った弐刀を振るう。
バ、ツン!
『エ・・・?』
〔自然派〕の実働員は、一瞬その光景に戸惑う。
男は大和の持つ長い得物が、豆腐でも切るように扉の横の壁を斬り抜けて閃いたことを信じられない。
男は自らの両腕が宙を舞う様を信じらない。
男は突進してきた大和がさらに繰り出した右の一刀で自分の頭蓋が貫かれるのを信じられない。
だが、
「・・・敵の狙いは、私のようだ。ならば受けて立つ。だから」
床から顔を上げた時雨は、それを確かに見る。
返り血で白い肌や白いYシャツ、パンツスーツを黒に近い真紅に染めた少女が振り返る姿を。
「巻き添えになる前に、逃げるがいい」
振り返った黒の女の背後で、襲撃者の男の両腕が盛大に血を吹く様を。
赤黒い鮮血を異形の翼として背負った少女が、曰く、
「然らば、おさらば」
頬に付く血を舐めとって、狂気の笑みに紅をひいて走り去る。