夢の男が与えた夢
「その後、政府関係者に確保された彼女は、〔まともに生かすことも殺すことも出来ない超級の感染者〕を管理する、特別隔離施設に移送されます」
自らの負った罪を告白したばかりの凛名が、息を呑む桜夜と熊切、冷静さを装う時雨、固い表情を微動だにしない大和の前で淡々とその後の展開を続ける。
「彼女は、そこでずっと、大人しくしていました。朧凛名はただただ日々が過ぎることだけに1人耐え、自らの犯した罪に苛まれていました」
「待て、よ。罪の意識に苛まれていた、それはこの資料からは読み取れないことだ」
「・・・そう、ですね。すみません」
「い、や・・・」
時雨は、振り返った凛名の顔に眉根を歪める。深すぎる罪悪感と憂いに満ちた瞳の直視に、そのどうしようもない悲しみに、歯を食いしばって耐える。おそらくは彼女を救いに行って救えなかったのだろう自分の父親達の責任を受け継ぐように、絶対に今の凛名から目を逸らしてはいけないと、唾を呑む自分に言い聞かせる。
すると、
「・・・ありがとう、ございます」
凛名が、小さく時雨に苦笑して、そう言った。
それが幻だったとでも言うように、どこか落ち着きを取り戻した凛名が言葉を続ける。
そして、
「ですが、朧凛名に転機が訪れる。それは、隔離されてから2年経ったある日。本来なら、政府関係者ですら一握りの人間しか近づけないはずの施設に、まるで当然のように〔彼〕が来たためです」
凛名は、時雨に向けたのと同じ笑みで、言った。
「11歳になった朧凛名は、天出雲時定と出会って、変わりました」
時雨の父親の名を、確かに言った。
その声は、どこか希望の色を帯び、その出会いがもたらした喜びに満ちている。
「先程話した〔大災厄〕で〔ミール・ナールを殺さない限り死ねない身体になった朧〕は、自ら死ぬこともままならず、生きる意味をすら見失っていました。そんな憔悴し、壊れかかった彼女の前に、天出雲博士は現れます。彼は、彼女に色々なことを教えてくれたようです」
凛名の口が、次々に時雨の父親の与えてくれたものを語っていく。
どうやって力を制御すれば良いのか。
朧凛名と同じかそれ以上に、苦悩する力を手にした息子がいること。
メタル系バンド・〔ガタック〕のニューアルバムの3曲目が最高にイイ。
ここには連れて来れないが、自分には頭のおかしな愉快な仲間達がいること。
〔天地闊法〕なる、超少数派武術の初歩の初歩の手ほどき。
〔天地割烹〕なる、人生をおいしく生きるための料理術。
今年公開の恋愛映画、〔エレメンタリ〕で愛妻が笑えるほど号泣していたこと。
そんな他愛無い諸々を、凛名は資料から上げていく。
資料に書かれているほど、その時の少女と博士の支離滅裂でとりとめのない交流は、その後の彼女の変化が劇的だったことを示している。
そして、
「博士は、朧が12歳の時に去りました。しかし、少女はその後、自分が与えられた力を制御しようと、ずっと努力を重ねます。料理の勉強をして、映画や音楽を聞いて、与えられた場所で耐え続けます。いいえ、耐えることが出来る何かを、すでに朧は持っていたのでしょう」
「・・・」
時雨は凛名の言葉に、他2人と同じように黙して聞き入る。
行方不明になる直前まで、父が何をしていたのか、心に刻む。
そして、だからこそ、
「そんな朧凛名を、狙う者が現れる」
凛名の声の硬さ、事態の核心に迫る前置きに、時雨は感傷を振り切って顔を上げる。