大災厄
「まず、朧凛名が7歳の時、そこから整理していくべきだと思います」
凛名の声が、薄暗い倉庫の中に響く。小さな声だったが、思いのほか静まり返った室内にはそれでも反響を生むほどの声量である。それに狼狽えたのか、凛名が戸惑った視線を左に座る時雨に寄越す。
だから、
「大丈夫だ、俺も断片情報感情移入術は習得している。もしお前が、〔朧に過剰に感情移入して、事実以上の想像を膨らませた〕としても、ちゃんとフォローする。時期はそれで適当だから、お前の考えをそのまま喋ってくれ」
時雨は、〔事務所の所員を育てる所長の顔〕をして、凛名にそう言った。そして、熊切と大和に、〔もし凛名が資料以上の情報、本人だからこそ語れるプロファイリングの技術以上の心情〕を漏らしたとしても、それは〔天出雲凛子〕の過剰な想像がもたらしたものだと印象付ける。
すると、
「わかり、ました」
灰色のスカートの裾を1度右手でギュッと握った凛名が、左手の資料を見ながら自分自身の分析を開始する。
そもそも、時雨がこうしたのには、簡単な理由があった。
それは、
『こうでもしなきゃ、俺が凛名を知る時間はない。そもそも俺は、凛名が親父の話をしてくれるまで待つつもりもない。情報を精査し、凛名の言葉で聞いて、〔俺に親父のことを伝えたいが、俺という人間を知ったせいで教えられなくなった、その理由を突き止める〕。突き止めた上で、その問題を解決する』
内心でそう確認した時雨の前で、そんな少年の思惑など知らない凛名が言葉を放つ。
「朧凛名は7歳の冬、その年の12月24日まで、感染者の能力を発現させていませんでした」
不安なのか、少女は制服の襟元を右手で握って資料を読み続ける。
「ですが、彼女の平凡な日常はその日終わりを告げました。クリスマスを楽しんでいた彼女と両親は、立ち寄ったシュライバ都市銀行で、強盗に遭遇。そこで父親が撃たれます。動揺し、父を救おうとした幼い彼女は、そこで初めて能力を発現させました」
『シュライバ都市銀行・・・やはり、あの夢、親父の出て来た夢は、凛名の記憶か』
そう内心で独りごちた時雨は、チラリと資料を確認しながら凛名の様子を注意深く伺う。少女が不用意な発言をした時、すぐに対応できるよう、自らも朧凛名という人間の情報を受け取って精神を同化させていく。
「彼女の能力は〔召喚型〕。そして・・・」
「その時点で世界に6頭しか確認されていなかった、〔真正の竜〕。〔純竜種〕か」
「・・・はい」
資料を先読みした時雨の問いに、凛名が不安げな揺れる瞳を向け、頷く。内心の驚きを、冷静という仮面の下に隠して、時雨が言葉を放つ。
「〔純竜種〕。それは〔召喚型〕の中でも、天災レベルの心象獣として分類される、まさに神話の獣。行方不明となった俺の母親のそれ、〔黒棺竜・ヴァフリング〕と同じ、世界を揺るがす力の使い手だ。それが、朧凛名の中で産声を上げた」
「はい。そし、て・・・」
時雨の前で、凛名が1つ間を置き、覚悟したように、資料を読む。
それは、
「幼い朧凛名は、その力を操り切れず、暴走した。そして・・・」
すでに1度資料を読んだ時雨と桜夜、凄腕の使い手である大和と歴戦の実直は刑事である熊切を戦慄させる、
「彼女は出身地である炎点都市シュライバの第3層と第2層の一部を暴走した〔月虹竜・ミール・ナール〕の力で壊滅。結果、その1件で彼女は、死者324名、負傷者1万5千とんで64名、行方不明者78名を生んだ。両親をすら植物状態の重傷に追い込んだ。そうして彼女は、〔大災厄〕となった」
拭えぬ大罪を、朧凛名が背負っていることを告げていた。