気さくな奇策
そもそも、時雨が凛名を確保している限り、ヨロズ内で凛名の手掛かりがつかめることはない。
だが、凛名が見つからない、手掛かりや目撃情報すら掴めない不自然な状況になった時、〔灰色の男〕は身内の動向、つまり時雨の動きを恐らくチェックする。この倉庫にも設置されている監視カメラ、その映像を精査する。
そう読んだからこそ、時雨はこの場に凛名を連れてくるという奇策に出た。
同行することで、時雨を疑った波崎に嗅ぎつけられるであろう、〔ほんの数日前から同居中の少女〕、明らかに怪しいその人物の素性を明らかにする。そうすることで、少しでも波崎の疑いの目を曇らせる。
そして、その奇策を成功に導くのは、
「さっき、駅から出て、タクシーに乗る時、先に・・・」
「俺達の先に乗ったヤツか!?」
〔どうしてもこの状況に動揺を隠せないであろう凛名を、驚くべき度胸と演技力で包み隠すことが出来る人物〕、つまり、朝霧桜夜だった。
そもそも彼女には凛名は時雨の従妹ということにしてあったが、ここに来るまでに事態を説明し、〔嫌々ながらも1度限りの協力を要請している〕。色々と黙っていたり嘘をついていたせいで時雨は1発殴られたが、だから桜夜は時雨と上手く足並みを揃えることが出来る。
しかしもちろん、
「それホント?サクちゃん?」
熊切刑事は、桜夜の持つ才能について知っている。時雨を通して知り合った2人は、プライベートでも仲が良く、少なくとも少女が少年に協力的なとも、知っている。
だが、
「あ、れ?え~っと、う~ん・・・」
そんな桜夜の力を、
「桜夜?」
「・・・ごめん、見間違いかも。自信無くなってきた」
顔見知り程度の関係である波崎和馬は、知らない。
つまり、
「フン!やはり探偵見習いということか。自分の記憶くらい精査出来ず、やっていけるのか?」
「すみ、ません・・・」
波崎和馬は、偉そうにそう吐き捨てた大和と、〔同じか近い感想を抱く〕。〔やはりたかが友達程度の人材〕だと、〔敢えて素人臭く振る舞った桜夜の演技〕に気づかず、彼女を侮る。
だから、
『このバクチ、俺と桜夜の勝ちだ!』
時雨は内心の高揚を必死で抑え、逆に小さな溜息を吐いて〔もし凛名と知りあいなら狼狽えるはずの〕桜夜に言う。
「気にするな。悪いのは、早く俺や熊切さんに情報を開示しなかった連中だ」
「そうそう、武力で解決するだけしか能がなく、人権無視が許されてるくせに民間人まで使い始めた無能のドアホ集団よ」
「この貴様ら、幾ら穏便な私でも怒るぞ?」
桜夜を庇って、当然彼女の味方である熊切と時雨が大和をチクチクと攻撃。3者の間では、ますます険悪な空気が生まれてどんよりと倉庫を渦巻く。
だが、
「まあ、いい。それでは、次に移ろう。朧凛名の素性と、その行動の原理を分析する」
それもこれも、時雨の術中である。
つまり、
「凛子?朧の断片情報感情移入術、出来るな?」
「・・・はい」
このやり取りの間で、〔凛名は完全に動揺を隠すことが出来た〕。間をとった、しかししっかりとした返事は、〔資料を読むことに没頭していた少女の印象〕を強くする。
だから、
「よし。じゃあ、朧の分析を頼む」
「わかりました」
時雨は、捜索対象の精神に近づいて分析する能力、断片情報感情移入術を持つと設定した天出雲凛子に、〔朧凛名になりきって、自らの口で自らの過去を語らせる〕という、さらなる奇策に気さくな調子で打って出る。