トラップ
「では、紹介が終わったところで、本題に戻ろうかしら」
倉庫の中、放置されていた長机とパイプ椅子についた4人の少年少女に向かい、仕事モードに戻った熊切が静かにそう宣言する。倉庫の奥にある窓辺に立つ熊切を見て、最も扉に近い位置に座った時雨、少年の右手に座った凛名、正面に座った大和、左奥に座った桜夜がそれぞれ頷く。
時雨は早速、予想通り凛名に気づかなかった武闘派の大和と熊切に言った。
「まず俺を含め、〔天出雲探偵事務所〕は捜索対象である朧凛名の素性や、彼女を取り巻く正確な状況を知らない。そこから教えて欲しいんだが?」
「私もそうして欲しいわ。以前渡された資料は本当に履歴書レベルのくだらないものだったし、〔もう色々問題を起こしてくれたAVADON〕としては、そのへんどうなってるの?まだ私達を使いたいのなら、誠意をモノで見せて欲しいのだけれど?」
少年の詰問に近い言葉と先日の爆破事件の揶揄する熊切に、しかし黒のパンツスーツ姿の大和は眉1つ動かすこともなく、持参した黒革の鞄から幾枚かの紙片を取り出して言った。
「許可は下りている。順を追って説明しよう」
あくまで上から目線を崩さない大和は、時雨と熊切を苛立たせながら資料のコピーらしい紙片を回す。それが全員に行きわたったところで、黒い瞳で大和がそれぞれの顔を見渡す。どうやら以前時雨と波崎、おそらくは熊切にも渡された資料よりはしっかりしたモノのようだと少年の蒼い瞳は確認。
だから、
『頼むぞ』
この展開を呼んでいた時雨は、内心で祈るようにそう言った。なぜなら、おそらく時雨の隣に座る凛名は、様々な災厄の元凶となっている少女は、この状況が来ると事前にわかっていても、動揺を隠せない。
だからこそ、時雨はすでに布石を打っている。
つまり、
「この、子・・・」
「どうした?」
大和の左、窓辺に立つ熊切と挟まれる位置にいた桜夜が、資料に添付されていた凛名の写真を見てそう小さな声を上げる。資料から顔を上げた面々の視線を受け、桜夜は考え込むように細い顎に左手を添える。眉間に寄ったシワが藍色の瞳の輪郭を小難しげに歪め、凛名の写真と自分の記憶を照合しようとする様を〔演出する〕。
そして、
「さっき、会った?」
「何!?」
「どういうことだ、桜夜!?」
時雨も、桜夜の〔演技〕、〔凛名の動揺が収まるまでの時間稼ぎ〕に乗る。
そして状況そのものが、この後、上司がとるだろう行動を予測した時雨だからこそ出来た、〔波崎を攪乱する罠〕だった。