許嫁の母のオフモード
感染者ですらなく、喧嘩が強いわけでもない。
場数を踏んだ刑事や探偵というわけでもないというのに。
『頼りたくないのに、頼りたくなってしまう』
それほどの胆力が、時雨の背後、藍色の瞳の中にはあった。
だからこそ、
「ごめんね?さっきも時雨くんと話してたけど、今この捜査のバックには政府の狂犬、あらゆる敵性因子に武力で対抗すること、そして武力をもって警察すら従わせることが出来る強攻殲滅部隊、〔AVADON〕がいる。でもそれで納得できるほど、警察の面子はヤワじゃない。どうしても、私みたいな、〔面子なんかにこだわらない仲介人〕がいるのよ。だから・・・」
「だから他の、ほぼ9割の捜査員、旧体制派の反感を最小限にするためにも、〔熊さんがAVADONの指令を受け、熊さんが実力を重視するAVADONの希望通り民間人の中でも優秀な時雨や波崎さんを使い、その上で熊さんが旧体制派の指揮をとらないといけない〕。ってことですか?」
「話が早くて助かるわ。そう、そうすれば、〔たとえAVADONの指揮下であり、民間人の探偵を使っていても、私が指揮してるのと変わりない〕からね」
「なるほど。すみません、まだまだ世間知らずで、こんな、業界なら常識のパワーバランスとか、説明してもらって」
熊切も、以前から知りあいである桜夜のポテンシャルの深さを理解しているからこそ、わざわざ丁寧に説明をしてやる。時雨の師と同じく、〔冷鉄女王〕なる異名をとる女刑事が敬意を払う迫力が、ただの学生である桜夜にはあった。
その才能に目覚めさせてしまった。
過去、そのキッカケを作ってしまった少年は、
「話を進めよう。まず、俺は朧凛名の情報を聞きたいんだが・・・」
と、現実から目を背けて、先を急ぐ。
出来るだけ早く、桜夜をこの世界から切り離すために。
発揮して欲しくはなかった少女の才能を封じるために。
だから、
「う~ん・・・じゃあね~ぇ?」
時雨は、振り返った熊切の、刀傷の歪んだ満面の笑みを見て凍りつく。
それは以前にも見たことのある、明らかに先ほどの緊迫したものとは違う、緩みきった気配全開の笑み。少年は、周囲に熊切の関係者、署員や捜査員が誰もいないことに今さら気づく。
しかし、
「どこから話そうかしら~ぁ?ね?シーくんっ!?」
「う、ごっ!?」
振り返った熊切が、満面の笑みのまま、時雨に飛びつくほうが早い。豊満な完熟ボディの出っ張ったところや引っ込んだところを前面に押し付けられ、谷間の間に鼻づらを埋めた時雨が呻く。背後で呆気にとられた凛名と桜夜が、声も出せずに硬直する。
それでも、
「そうそ~ぅ、私も聞きたいことがあるんだよ~ぅ?」
「クフ!?や、やめ、熊切さ・・・!?幾ら周りに誰もいなくても、仕事オフモード早・・・!?」
急に頬を染めてベタベタとイチャついてきた女刑事は、ペースを変えない。どこを触って嬌声を上げられるかわからないため力づくで振りほどくことも出来ず、時雨はただただ脅威の胸圧に悶える。
そして、
「え~っとね~ぇ、じゃあね~ぇ?な~ぁんでウチのキャワイイ飛鳥ちゃんという許嫁がいながら、両手に花なのかな~ぁ、シ~くん?ね~ぇ、そこんとこ~ぉ、どうなっての~ぉ?」
仕事とプライベートのオンオフが激しい女刑事が、背後の少女2人を指して時雨を問いつめる