英雄探偵のブルーな日曜
1時間半後。
「ほ、本当によかったんでしょうか?私・・・」
「・・・もう仕方ないだろ、出ちまったんだから」
時雨は、かなり緊張した面持ちで、右側の座席に座る少女を見る。肩まである茶色の長髪を揺らし、青色の瞳がフレームレスの伊達メガネ越しに不安げに少年を伺っていた。
だから、
「確かに、ガティの言うことは間違っていない。お前を家にとどめておくより、〔いっそ堂々と俺の側に置いておけば、誰もお前がお前だと思わない〕」
Tシャツの上に羽織った黒のジャケット腕まくりし、デニムを穿いた脚を組む時雨は、そうして〔茶髪のウィッグとブルーのカラーコンタクト、黒地に銀で流星を刺繍された英星高校の指定制服に身を包んだ凛名〕の不安を取り除こうとする。同時に、改めて少女の姿をチェックする。
顔周辺の変装の基本、髪、目元、口元の内、凛名の目立つ髪と目の色は変えている。服装も、ちょっとサイズが大きいが年頃に合った学生服だ。短めのグレーのスカートから伸びた白い太腿と、黒のニーハイソックスが作り出す絶対領域が眩しい。目線がしばし、釘付けになる。
「時雨さ・・・?」
「なんでもないうるさい黙れ基本全部お前が俺の目を引く魅力が悪い」
「す、すみませ・・・ん」
最後の余計な品評を喰い気味の返答と最低の毒舌で振り切り、時雨は車外を流れていく景色と対向車に疲労に溜息をつく。
そして、
「あ、見えた見えた!」
時雨の正面、航羽交通の無人タクシー、その助手席に座る桜色の後頭部が振り返る。春らしいパステルグリーンのカーディガンと白のノースリーブワンピースの肩が、日曜の日差しの中で淡く揺れている。
だから、
「桜夜?」
「え?何?」
時雨は、
「うるさい」
「ほとんど何も喋ってないけど私!?」
凛名を連れ出すキッカケを作った藍色の瞳の少女に、そう八つ当たる。そのまま少年は、愚痴をこぼす。
「そもそも、お前が家に来るなんて聞いてない。コイツの服を届けてくれたのは有り難いが、なんでそのままついてくる?今日は日曜だが、俺は仕事だぞ?」
「でも、午後は自由なんでしょ?確か昨日、自分で言ってたじゃん」
「あのなあ、自由っていうのは、俺が俺独自に仕事するってことで・・・」
「私昨日、アンタと午後遊ぶ〔約束〕したけど?」
「それは、酔ってたから・・・」
「へえ、破るんだ?〔約束〕?あの時雨さんが?私と凛ちゃんほっぽり出して、1人でお仕事するんだ?へええええええええ?」
八重歯の光る桜夜の笑みに時雨はまともな反論も出来ず、ただプルプルと震えながら怒りに耐える。事情を知らせていないのだから、桜夜がこうやってお出かけに誘ってきたことは不自然ではないし、また、彼女なりに〔家出中の従妹である凛名〕の気晴らしになればと、3人で遊ぼうと提案をしたことも時雨はわかっている。最初からそのつもりで、ウィッグやらカラーコンタクトなどを準備してきたことがその証拠だ。
だが、
『わざわざ午前中の、俺の仕事にまでついてこなくてもいいだろうに・・・』
「ん?なんか言った?」
時雨の思った以上に、今日の桜夜は強引だった。それが、凛名と時雨のキッチンでの一幕を見たこと。日本の法律上、四親等以上、つまり従妹ならば結婚できること。未だ幼馴染以上ではない立ち位置、その焦りが少女にそうさせたことまでは、時雨にはわからない。
だから、
「・・・こういうことになるから、家の場所を秘密にしたのに、クソ」
時雨は、横幅の広い建造物、その正面玄関のロータリーで停車した無人タクシーから降りながら、そう吐き捨てる。当然のように、私服の桜夜と変装した制服姿の凛名が降りる。悪夢の光景に苛立ちながら、2度と状況にヤケクソになって酒を呑まないことを誓う。腹立たしいことに、桜夜は目を笑みに細めて上機嫌だ。
それがたとえ、
「警察署、ですか?」
「・・・ああ」
「あ~、熊さんに会うの久々~」
不安気な凛名をさらに不安にさせるような場所だったとしても。