表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/135

卵焼キッス

「ちちちち違いますごごごご誤解ですわわわわ私はそんなそういうつもりであんなカッコ!」

「いやでもなんか、朝でも元気な部分の俺を、朝飯前に食ってやろう的な感じが・・・」

「たたたた食べようなんてたたたた確かに私も年頃ですしそそそそその興味がないわけじゃないんですよむしろむしろむしろありますししししし時雨さんはそう結構結構好みで言えば言えばド真ん中というかキャッチャーが捕球出来ない剛速球のワイルドピッチというかハイそうなんですけど彼女がいる方にそんな私ぅうううううううううううううううううううう!?」

「・・・」



 時雨は、テンパり過ぎて涙目になって錯乱だか弁明だかしている少女を蒼い瞳でジッと見る。敢えて疑いの色を三白眼に宿し、見つめる。その様子に不安を覚えたのか、凛名がジャージの袖の余った両手を、顔の前でワチャワチャと振り回す。



「ふうわあああああ!そ、そんな目で見ないで下さい!違います!ゴメンなさい!時雨さんの好きな方法で私を謝罪させて下さい!なんでも!どうぞ申し付けて下さい!なんでもペロペロ舐めますから!なんでもジュルジュル吸いますから!なんでもゴクンと呑みますからあああ!」



 凛名がどんな想像をしているのか知らないが、時雨は躾のなっていないペットの凶行に対する飼い主の責任追及と制裁はこれで十分だろうと判断する。それに、人を苛めて楽しむ性癖のある少年がこれ以上吹き出すのを我慢するのは無理だった。いっそ盛大に笑って凛名をもっと虐げるのも楽しそうだとも考えたが、これ以上は時雨との付き合いが短い素人では本気で泣き出すと判断。

 だから、



「よし。なら来い。出かけるまで、まだ時間がある」

「ふうひっ!?なんですか!?お台所!?まさか、まな板の上のコイ的な大人のオママゴト!?」



 時雨は絶対にムッツリスケベだと確信した凛名の腕を掴んで立ち上がると、フワリと食卓に降りたミールを放置して台所に向かう。冷蔵庫から卵を取り出し、点火したコンロに卵焼き専用の長方形型のフライパンをかける。その間にボウルで卵を溶き、フライパンに油をひく。その前に凛名を立たせて自分は背後で菜箸を持って控える。



「へっと、あの・・・?」



 やっと状況が桃色妄想な展開ではないと気づいた凛名が、おずおずと時雨を振り返る。少女の頭頂部は時雨の喉仏くらいの高さであるため上目になり、不安気に胸の前で手を合わせた姿はか弱い小動物そのものだ。

 そして、



「納得いかない」

「ふへ・・・?」



 時雨は、凛名の背中に自分の前身を押し付けると、両手を凛名のそれに沿える。左手で凛名の手の上からフライパンを握り、右手で少女と一緒に菜箸を握る。まるで背中から抱き締めらているような体勢に、凛名の体温が上がり、鼓動が早くなる。

 そしてつまりは、



「お前、卵焼きほとんど作ったことないだろ?」

「え・・・?」

「昨日からお前の飯食ってるけど、アレだけ質が悪い。俺はそれが納得できない」

「あ、の・・・?」

「手本を見せる。1度で覚えろ。上手くやれたら許してやるよ」

「あ・・・」

「返事は?」

「は、はいっ!」



 不敵に笑う時雨、料理好き少年のアマチュアシェフやる気スイッチが、凛名の卵焼きを食べたことでオンになっていた。スイッチが入ったことで、時雨は自分のやっていることが恋人同士でもそうそうやらないことだと気づいていない。凛名のほうも、許してもらうことに必死になって眼前で熱を帯びたフライパンに集中していく。



「大事なのは、恐れないことだ。見た目で言えばまだ半熟で、ひっくり返すのには不安が残る。しかし、いいか?これを逃すからパサパサになる。だからイクならここだ」

「は、はいっ」

「違う。手前から奥に丸めるな。フライパンの形状を考えろ。これは、奥から手前に使うように出来ている。手首を使え。重力だ。重力を利用しろ。箸は、その補助に過ぎない」

「こ、こう?」

「いいぞ。手早く、優しく、勇敢に」



 時雨の導きを得た凛名の菜箸が、クルリクルリと卵焼きをロールさせていく。蒼い瞳と紫水晶のそれは1点を見つめ、コンロの炎と密着した互いの体温で2人の額に薄らと汗が滲む。時雨の鼻孔を石鹸の清潔な香り、卵の焼ける甘く香ばしい臭いがくすぐる。

 そして、



「出来、ましたっ!」

「よしっ!」



 凛名が、パッと振り返った。

 輝く笑顔が前のめりになっていた時雨の胸元で咲き、寄り添うように少女が見上げる。

 だから、



「「あ・・・」」



 2人は同時に、自分達があまりに夢中になっていたことに気づいた。

 お互いの体温と早まる鼓動を、交換していることに気づいた。

 ほんの少し、身をかがめるか、背伸びすることで、唇が触れあえる距離だと気づいた。

 その距離が、どちらともなく、少しずつ、近づいていることも。

 そして、



「おはよ~!」



 時雨と凛名は、同時に振り返る。そこには、癖のある桜色の髪の少女がおり、大きな紙袋を左右に持って、右手を振っている。

 つまり、



「桜、夜・・・?」

「時、雨・・・?」



 3者が見つめ合い、時間が止まる。

 瞬間、



「コレガ、修羅場デスネ?」

「ガアウ」



 時雨の愛車、ガデティウスの楽しげな声とミールの唸りを皮切りに、怒号と悲鳴と謝罪、紙袋と衣服が部屋中に吹き荒れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ