世界を救う責任
「しかし、これからどうするつもりだ?吾輩達は、ただここ、炎点都市シュライバにいる少女に会いに来ただけだ。だのに、〔偶然にも異獣の襲来〕が重なるとは」
「アナタの言いたいことはわかります、遊羅。私も、これは〔赤い髪の男〕が絡んでいると見ている。そして同時にそれは少女の危機を意味する。少女と同格かそれ以上の使い手である栞名がいないのが痛いところですが、とにかく一度皆を集めます」
時雨の驚嘆に気づくこともなく、黒い和装の男と白衣に丸メガネの男、遊羅と時定が言葉を交わす。時定が懐から携帯端末を取り出し、幾つかの通話を経て遊羅に向き直る。漆黒の美剣士が問う。
「では、参ろうか?」
しかし、
「すみませんが、先に行っていて下さい。すぐ追いつきます」
「何?」
「少し気になることがあるのですよ」
「またそれか・・・?」
時定は、なぜかそう言って呆れた声の遊羅に背を向ける。そのままドンドンと歩いていき、時定は打ち砕かれたショーウィンドウの、かろうじて自らの全身が映るガラス面の前で止まる。丸メガネの奥のぼんやりとして見える蒼い瞳が、まっすぐに己の姿を見て、言った。
「さて。もし喋れるのなら、喋って頂けますか?ええ、アナタのことです。先ほどから〔私の意識と重なっている誰かさん〕」
『・・・え?』
時雨は、父の問いかけに呆然と声を漏らす。あまりにも予想外の事態に、時雨の思考は混乱の一途を辿る。だが、構うことなく時定の言葉は続く。
「喋れないのか、喋れるのに黙っているのか。そうですね、とりあえずアナタから敵意は感じませんし、私が率先して会話のリードをとりましょう。私は天出雲時定。心界研究者、今年で7つになる息子と妻がいます」
『ちょ、ちょっと待て!待てよ、一体・・・!?』
「私の紹介は終えました。次は私の現状における論理的推測を述べましょう。アナタはまず、私の精神と同化している。これが意味することは、アナタにそういった能力、他者の精神に干渉する力があることを意味します。残念ながら、私の記憶にそのような知りあいはいませんが」
『そ、れは・・・』
時定の言葉は、時雨の記憶とも一致する。なぜなら、時雨の能力が発現したのは、8歳になる直前だ。時定の言う今年で7歳になる息子は時雨なのだから、まだ知らないのも無理はない。
「次に事実を述べましょう。私は先ほど蟻型異獣を蹴り倒すその瞬間まで、アナタの存在を感知出来なかった。私は確かに武闘派ではありませんが、〔この眼〕はどこの誰より感知・分析能力に優れている自負がある。アナタの意識が重なった瞬間、〔確かに私の精神に干渉するような浄化反応は周囲になかった〕」
『だと、したら、どうだって言うんだよ?』
自分の声が聞こえていないとわかっていても、これが夢だと断定していても、動揺する時雨は思わずそう聞いている。それに対し、表情を変えることもなく時定は言った。
「つまり、ここは現実ではない可能性がある。私にとってもアナタにとっても、ここは夢。なぜなら、〔たとえ私は本物の私ではない、夢の中の私であっても、能力によって精神干渉されれば嫌でも気づく〕。だからいっそ思考を飛躍して、ここは私の力でも感知出来ないモノのある世界だ、つまりここはアナタという物理が支配する夢の世界だ、と仮定したほうがいい。いや・・・」
『なん、だよ・・・?』
時定の論理の行方に翻弄され、時雨は惑うばかり。だが、それを無視して時定は続ける。
「ならばなぜ、アナタという物理法則は、この夢の中で声1つ上げられない?私の言葉が聞こえていないのか?しかし、確かに私の意識、五感、肉体とアナタが重なっている感覚がある。ならば、なぜ君は、この世界を夢と認識しておいて、夢の支配者でありながら、何も出来ない?」
『そ、れは・・・』
考え込むように伏せられた時定の顔がハッと上がり、言った。
「そうか。アナタが〔他人の精神に干渉する能力〕を保有していることを考えれば、1つ仮定が出来るぞ。〔アナタは今現在、誰かの記憶そのものに干渉し、それを夢と認識している可能性〕があるんだ」
『ここが、誰かの記憶・・・?』
「少なくとも、その記憶の持ち主は、私ではない。しかし、私のような能力のない人間が、ここまで精巧精密にここシュライバの都市構造を把握出来るか?いや、今〔空気中に満ちている少女の魂ならばそれが可能〕だ」
つまり、
「君はおそらく、銀色の髪と紫水晶の瞳を持つ少女の記憶の中にいる」
『お、れが・・・?朧、の・・・?』
夢の中の、ただの登場人物だと見なした時定が、驚くべき結論を導き出す。恐ろしく冷静で突拍子がなく、しかし真に迫る確信に満ちた男の言葉に、時雨は反論も出来ない。
同時に、
『あ、れ・・・?』
時雨の視界、ショーウィンドウに写る時定の姿、ぼやける。
遠くからは、エコーのかかった父親の声。
「ああ。どうやら君の干渉が解ける。君が薄くなっていくのを感じる」
『そん、な!待て!?待ってくれ!?もしかしたら、俺は親父と・・・!』
しかし、
「アナタが考えていることを幾つか予測するが、無理だろうね。〔私とアナタとでは、ここでは何も交わせない〕。私に意識を重ねた人間なのだから、私に何かしら縁のある人だろうと思うが、それは叶わないよ」
『そん、な・・・』
時雨の意識は、ドンドンと遠のく。
そして、
「1つ、言っておくよ。彼女の側にいようとするのなら」
時定の姿が、
「アナタは必ず、世界を救う責任を負う」
暗転した時雨の視界から、消える。