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灰の世界の殺戮序曲

 灰色の街角の中で、突然時雨の意識は覚醒する。



『なん、だ・・・?』



 時雨の視界は、割れ砕けた灰色のアスファルトの上を疾走する横揺れの中にある。

 なぜ自分が走っているのか。

 ここはどこで、なぜ周辺の建造物の列は砕け、灰色のみが唯一の色彩なのかもわからない。

 ただ、



 ウロロロオロロロロロオロロロロロロオロロロ!



 背後に迫る、それが脅威だということはわかる。

 身体が、視界が、自分の意志とは関係なく、勝手に動くことも理解は出来る。

 ただ、



「〔攻脚〕」



 唯一自分と認識出来る時雨の視界が、勝手に動く身体、その左の踵で粉っぽいアスファルトを削り、反転。背後から灰色のビルの列を崩して現れた、異形に飛ぶ。本来なら指輪を外して能力を解放し、常人より強化された肉体を得た状態でも、時雨は8mの高さまで空中を飛翔出来ない。

 だが、身体はまさにそうしている。

 時雨と同じ流派、今となっては祖父と自分くらいしか使い手はいないはずの技の名を、どこかで聞いたことのある声で口が呟く。

 霞がかったように茫洋とした時雨の思考は状況を理解出来ないが、視界は異形、巨大に変質した蟻型の異獣の頭部より上にある。

 そして、



「〔不倶落(ふぐおとし)〕」



 勝手に動く身体が繰り出した必殺の踵落しが、異獣の頭部を捉える。その甲殻を破って柔らかい内部を一撃で爆砕。灰色の景色の中、漆黒の体液を浴びて、不可思議な感覚のまま少年の視界が着地する。



 ドズズン!



 背後で響いた轟音に首が振り向き、しかし脅威を排除したことに対する感慨は、時雨にはない。どこか、景色と同じ空虚さだけが、世界の唯一の色彩であるかのように空間に満ちている。

 だから、



『ああ・・・』



 勝手に動く時雨の視界は、続々と現れた巨大蟻の群れを視界に捉えて、



『これは、夢だ』



 そう、結論付ける。

 何かに追われる夢。

 自らの焦りを象徴するような光景に、唯一自由に動かせる思考の中で、時雨は苦笑する。

 だからこそ、



「これは想定外だな?時の?」

『・・・え?』



 時雨は、背後からスッと視界に入った人物の背中に、唖然の声を漏らす。

 それは、時雨のよく知った人物だった。

 今時古風な、黒地に金糸で波濤が刻まれた和装と下駄で全身を包む長身。

 腰より長い黒髪が振り返り、不敵で傲慢、同時に女神の美を兼ね備えた微笑を湛えてこちらを見る。年齢は30代でありながら、その美貌は20代の瑞々しさと危うさ。切れ長の瞳が喜悦と鬼気の両方を滲ませて笑みに歪み、艶やかな紅の唇が色気に満ちた低い声で言葉を投げる。



「アレらは、吾輩の前菜に貰うぞ」

『アナ、タは・・・!?』



 それは、確かに時雨のよく知った男だった。

 だが、



『なん、で・・・!?』



 時雨は見たことがなかった。

 美しき男が、左手に握る鍔のない大刀を。

 刀身を覆っていた白帯の封印を解く、手慣れた、そして優美な光景を。

 ヌラリと濡れ光る、妖気に満ち満ちた刀身を。

 たった1人、幾体もの異獣に向かう歩を進める背中を。

 自分の夢ならば、確かに見知った人物が知らない姿で登場することもある。しかし、そうだと考える余裕は、あまりにもリアル過ぎる光景を前にして、すでに時雨の意識にはない。

 サッと、立ち止まった男の右手が大刀の柄に伸びる。

 瞬間、



「嗚呼、これでは前菜にもならぬな」



 蟻型の異獣が、右手1本で大刀をぶら下げた男へ飛ぶ。

 そして、



『なんでアナタが戦う!?遊羅(ゆうら)おじさん!?』



 時雨は、〔両親〕と共に探していた〔大切な仲間〕の1人の背に向かって叫ぶ。


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