凍える蒼
「じゃ、またな!」
凛名が主人が帰る頃を見計らって作っていた大量の料理を5人で平らげ、満足げな顔の白虎が振り返って時雨にそう言った。見送りに玄関に立った時雨が覗き込むと、酔いつぶれて白虎に背負われた雷音とお姫様抱っこされた桜夜はすでに寝息を立てている。それに反して、二カッと白い歯を剥いて笑っている白虎からは酒気が感じられない。
それに対し、目を逸らして時雨は言う。
「お前に気を使われるとは・・・腐れ汚点だな」
時雨は、宴会の途中から白虎が呑む気がないことに気づいていた。普段なら真っ先に手を出す少年が、今日に限って桜夜や雷音、果ては凛名や時雨に酒を注いで回る役を担っていた。
つまり白虎という人間は、
「そう思うなら、あんまり桜夜と雷音に心配かけんじゃねぇよタコ。あと、凛名を苛めたら俺が飛んでくるからな?」
確かな馬鹿でありながら、時雨を含めた友人全員の気を紛らわす道化にもなれる、真正の大馬鹿だった。危うい生き方をする時雨が心配でたまらない桜夜と雷音に仮初の安心感を与え、それが結果的に問題を先延ばしにし、時雨に考える時間を作ってくれている。
その上、白虎は今自分で言ったように、助けを求める誰かのピンチには必ず駆けつける。
そして、白虎の能力と喧嘩殺法は、彼が本気になればあの大和に迫れると時雨は知っている。
時雨はそれが腹立たしくて、悔しくて、たまらなく有難くて、素直ではなかった。
だから、
「それが正義超人の役目だからか?ずいぶん安い正義だな?」
心にもない皮肉を親友に投げ、
「おお!俺は安い正義でいい!セレブしか買えない高級な正義なんて、俺はいらねぇ!」
白虎は時雨の気質や内心、その全てを理解した上で、笑いながらそう返す。
そして、白虎は桜夜と雷音、3人で決めた時雨への〔提案〕、その意思を小さく示す。
「俺達は本気だぜ?それだけは覚えとけよ、英雄探偵?」
「・・・ああ。わかったから、もう行けよ、正義超人」
間を開けて言った時雨に笑みを深めた白虎が背を向ける。逞しい少年の背に背負われた小柄な雷音と、両腕で抱えられた桜夜の頭が時雨の眼に映る。
そして、
「だからこそ、〔お前らを俺の事務所の所員〕には出来ないんだよ」
時雨は3人の〔提案〕を、言葉に出して夜の闇に置きざる。
大切な人々を失うこと、その可能性がある自分の側に友人を置くことに、〔両親と大切な仲間達〕を探す時雨の心は耐えられない。
だから、隔てるように時雨は扉を閉める。
世界と世界を隔て、鋭い眼差しとなった少年が廊下を進む。
「ふう、わ・・・!?」
時雨の手は、台所で洗い物をしていたエプロン姿の凛名の手を掴み、強引に進む。ガデティウスの声が聞こえたが、時雨は無視。カーテンが閉められた暗い寝室の扉を開け、照明も点けずに寝台へと進み、扉を閉める。時雨の行動に強張った凛名の、おそらくは気を利かせて桜夜が持参した白いキャラモノTシャツと、茶と白のチェック柄のスカートをはいた小さな身体を、寝台へと引き倒す。少女を覆うように寝台に乗った蒼い眼が、不安と恐怖に揺れる紫水晶のそれと出会う。
そして、
「誰だ?お前は?」
「え・・・?」
「親父と面識があり、2つの組織に狙われ、俺の下に現れた、お前は・・・」
少年は息を吸って、問う。
「朧凛名・・・お前は一体、何者だ?」
時雨の妄執を宿した瞳が、凍える蒼となって凛名を睨む。