白ああああああ虎おおおおおお!任ああああああかせろおおおおおお!
ウェーブのかかった髪を前髪ごと頭の上で適当に結んだその様はまさに踊るパイナップルだが、その表情は昨晩見た神秘的なそれとも、今朝見た気弱な小動物のようなそれとも違い、活き活きとした精気と頬にかいた汗で輝いていた。
見る間にも、料理好きの時雨の希望で大きなスペースを持ったキッチンで、少女が躍る。
まず、事前に下味をつけていたらしいヨロズ豚が、巨大なまな板の上で手早く細切りとなる。次いで、山脈都市ロッキー・ダマスカ産のピーマンとタケノコ、時雨の実家で祖母が栽培したネギとモヤシが同じく細く切られていく。その間に、凛名の背後でパチパチと油の爆ぜる音。時雨と雷音の視線に気づかず、凛名が振り返って大火力コンロにかけていた中華鍋を確認。再び戻った少女の右手が細切りの材料を乗せいていた巨大まな板を掴み、左手には魔法のようにおたまが出現。機を逃さず、さらに回転した凛名が材料を中華鍋へと投入。時雨は、思わずダイニングを回り込んで凛名の横へ近づく。
同時、
ジャアアアアアアアア!
豚と野菜が、炒め物特有の食欲をそそる音を立てる。どうやらサラダ油ではなく胡麻油を使っているようで、近づいた時雨の鼻孔を食欲をそそる香りがくすぐる。さらに間髪入れず、凛名がコンロの側に待機させていた調味料をおたまで投入。急に空腹を自覚した時雨は我慢できずにそれを指ですくい、舐める。ヨロズ黄金醤油にミタカの料理酒、海嶺都市マリアナ・L5(エルファイブ)産のショウガ、ニンニク、近所のスーパーで買った胡椒とオイスターソース、片栗粉の融和が口中に満ちる。
「・・・」
時雨の蒼い眼は、少女の手元に釘付けとなる。細い腕で力強く、汗だくになって炎と鉄鍋を御す、躍る銀色のパイナップル少女に少年は無言で見入る。背後のテーブルでは、どうやら制裁を終えて満足げな桜夜と股間を押さえて青白くなった白虎が雷音と話しているが、耳に入らない。
そして、
「よ~しっ!みなさん、お夕飯出来ましたっ!」
凛名が、紫の瞳をほころばせておたまを持った左手で額の汗を拭い、中華鍋を持ったままキッチンからダイニングへと振り返る。
その軌道で、
「あ・・・」
「お、おう」
蒼い眼差しと紫水晶の眼差しが交錯。驚きに目を見開く凛名の汗と鍋から散り零れたソースが、美しい煌めきを放って中空を舞う。
そして、
「ふうわわ!?」
「おおおう!?」
凛名の両脚が、バランスを崩す。時雨の視界の中を、出来たてアツアツのチンジャオロースが飛翔。照明に照らされて、キラキラと夕飯のメインが舞う。
だから、
「〔天地〕、〔闊法〕おおおおおおう!〔守掌〕えええええええええええええええ!」
時雨の右手が、超高速で背後の食器棚から大皿を引っ掴み、中空を舞うヨロズ豚と実家の自家栽培のモヤシをキャッチ。しかし半分近くをとり逃す。
だから、
「白あああああああああああああああっ虎おおおおおおおおおおおおおおお!?」
「任ああああああかせろおおおおおおおお!サイクロオオオオオン・ダアアアアアアアイブ!」
時雨は、背後でその光景を見ていた頼れる馬鹿野郎を呼んだ。疾風となった小麦色の肌の少年が白髪と涎を後ろへ流して時雨の足元にヘッドスライディング。連携して時雨が投げた大皿を受け取り、覚醒した食欲力が全てのチンジャオを確保する。
そして、
「よし!」
「おお!夕飯だ!」
時雨と立ち上がった白虎がそう言って、ハイタッチを交わす。光景に、数瞬キョトンとしていた桜夜と雷音が、息も絶え絶えに笑いだす。
「嘘、でしょ、アンタら何そのチームプレイ!?ちょ、やめてよ!ツボるっ!」
「無闇に、カッコ、よかった、よね?〔天地闊法〕おおおう!サイクロン・ダアアアイブ!って」
「ちょ、やめへよ、雷音きゅん!」
そして、
「・・・アハ、アハハッ!アハハハハハッ!」
時雨は、その声に振り返る。
そこには、初めて見る凛名の困ったような笑みがあった。