ロックオ~ン
僅か10秒にも満たぬ間に蒼い少年が生んだ破壊の嵐に、群衆がジリッと距離を置く。
だが、それを見逃さない男が1人いた。
ガガガァン!
その武骨な発砲音の源を、時雨の蒼穹の瞳が横目に確認する。それに気づいて、男が笑う。
「いやぁ、参るね?若い子って凄い濃いわぁ」
逆立ったオレンジ髪の男、東全獅はニヤニヤと笑って時雨を称賛しながら二挺拳銃を無造作に発砲。最初彼を囲んでいた敵の半数が銃創か打撃で倒れていることを時雨は確認する。二挺拳銃という、照準の精度や弾丸の再装填に問題を抱え、見た目だけで大したメリットのない戦闘スタイルを、どうやら全獅という男は完璧に使いこなしていることが光景からわかる。拳銃自体も近接格闘戦を想定しているらしく、銃口の下部に黒い鉄球が3つ付いている頼もしい仕様だ。
だから、
「そっちの連中は任せます!」
勝利を確信した時雨は、全獅にそう言った。
だから、
「ハッハ~!ま~かせとけってぃ!」
時雨はそう言ってヘラヘラと笑った直後の全獅が、赤い光線に脳天を狙撃された瞬間に凍りついた。
「東さん!?」
時雨の喉が上げたその叫びをキッカケとして、劣勢だったはずの群衆が向かってくる。路上に仰向けに倒れた全獅を放置して、ユラユラとゾンビのごとく虚ろな軍勢が迫る。
時雨は背後に波崎と大和を庇うが、失念していた狙撃手の凶弾はあまりにも戦況を大きく動かした。そもそもなぜ、〔明らかに感染者の能力を使っている狙撃手が、感染者を忌み嫌う自然派に協力しているのか〕、〔そもそも自然派はなぜ感染者を仲間としているのか〕、といった疑問は今は放置する。
しかし、
『手が、ない・・・!?』
脂汗を流す時雨の思考は、その結論に辿りつく。もし波崎との約束を破り、この場で指環を外したところでもはや数に押されて潰される。チラリと確認した大和も、未だ戦力として復帰出来そうもない。騒ぎを聞きつけた警官隊が駆けつけるまで、時雨1人では持ちこたえられない。
『ダメ、なのか・・・?』
時雨は、心底からそう思った。
だからこそ、
「痛ってぇええええええええええええええええええええええええええ!」
時雨はそう叫んで身を起こした全獅を見て、群衆と共に硬直する。
「おおぅ、効いたぁ!効いたぜぇ!?今のぉ!?」
〔全身の皮膚を硬質な鉄の色に変化させた全獅〕が、そう言ってバッと身を起こす。パンパンと拳銃を握る手で埃を払い、呆然とする群衆と時雨を怪訝な顔で見つめ返す。すぐに合点がいったというように、全獅は笑って言った。
「偶然だってぇ!偶然っ!でもこれで見つけたぜぇ?そ、げ、き、しゅっ!」
「ア、アンタらは、一体・・・?」
時雨の口から、思わずそんな言葉が漏れる。大和にしろ全獅にしろ、時雨の予想を大きく超えた戦闘力を持っている。何時どこから放たれるかわからない狙撃に対し、偶然で防御体勢をとれることなどありえない。そもそも全獅の言葉を裏から判断すれば、彼は〔狙撃手にわざと撃たれることで敵を誘いだした〕と言っている。
そんなことは、
「ありえ、ない」
「いいや、私達ならば出来るよ。私達には、ありえないことなどありえない」
時雨の口から漏れ出た否定の言葉を、背後で大和が否定する。戦慄して背後を見る時雨の眼は、不敵に笑う少女を見る。同時に、再び湧き上がる強者への嫉妬。
それを遮るように、
「んじゃぁ、まず〔お前ら〕からだ」
全獅がそう言って、拳銃を持つ右腕を腰だめに構える。
さらに、
「〔増殖融合〕・〔近接仕様〕」
時雨と停止した群衆の前で、全獅の右手が持った拳銃が〔彼の鉄色の肌に溶けて消えた〕。次いで、鋼色の男の全身がブクブクと音を蒸気を上げながら発泡する。
そして、
「ロックオ~ン」
〔男の全身から出現した、右手が保持していた拳銃と同じ、しかし23個にも及ぶ銃口〕がギュルギュルと周囲を睥睨した全獅のオレンジの眼光に応じて動いて照準。その間、わずか2秒に満たない。
そして、
「た~まや~」
ド!
たった1度の、しかし幾重にも重奏した射撃音が空気を鳴らし、静寂。風に揺れる、硝煙の臭い。
ダンダンダン!
「まさか・・・俺は、狙撃手をおびき出すための、エサ・・・?」
呆然と呟く時雨の周囲で、老若男女の襲撃者が全て同時に倒れ伏す。
さらには、
「次は〔お前〕だ。〔拡大融合〕・〔遠隔仕様〕」
瞬間に大殺戮を成した男の全身から現れていた銃口が喪失。代わりに、肘のあたりが大きく膨張。ミシミシと音を立てて、腕が爆発的な高温の蒸気を上げながら変形する。
そして、
「ロックオ~ン」
立ち昇った蒸気を裂いて現れたのは、黒く巨大な自動式拳銃の銃身。男の肘からは一抱えもありそうな銃把が外側に伸び、左手が巨大拳銃をブローバックさせる。薬室に初弾が装填され、伸びた鋼色の左手が右腕の外側にあるバナナサイズのトリガーを握る。
つまり、
「か~ぎや~!」
拳銃と融合した全獅の右腕が、戦車砲並の弾丸を狙撃手のいるビルへと放った。
ギュゴンという轟音、剛と吹くソニックブームを全身に浴びて、時雨は額を一撃で撃ち抜かれた死屍の中に尻餅をつく。反射的に砲弾の軌道を追った時雨の視界の中で、遥か彼方にある取り壊し予定の雑居ビルの屋上が爆裂。朱と橙色の閃光に続いて、灰色の爆塵が7階建てのビルの屋上を包む。
そして、
「悪いんだけどさ~」
時雨の近くで、足音。見上げると、そこには少年を狙う魔物の口腔、白い蒸気を上げる黒光る砲口がある。
つまり、
「この期に及んでも、協力してもらうよ?朧凛名の捜索に?」
ヘラヘラと笑う東全獅と絶薙大和は、波崎和馬と時雨にとって、額に突き付けられた逃れえぬ銃口と同じだった。