何度でも言うぞ!?
ガツンと音を立ててアスファルトが割れ、鋲を打たれた黒い戦闘用ブーツを履いた大柄な青年が立ち上がる。マントのごとく靡く耐火対爆装備、黒の戦闘用コートの端がメラメラと赤い炎を纏っている。懐に手を突っ込み、タバコを取り出したオレンジ髪の男が、タレ気味の目で周囲を睥睨。黒革の手袋の指先についていた火で着火し、紫煙を肺まで吸って吐く。
そして、
「時雨くん、細かいことは後だ」
「あ・・・え?」
オレンジ髪の男、〔肌が鉄色に変化した東全獅〕は、硬直する群衆の前で時雨を気安く呼んだ。
その言葉は、
「鍛えてんだろ?なら俺達が、その馬鹿女とお師匠を守らなきゃな!?」
男が両腕で懐から取り出した大型の自動式拳銃の発砲と、同時だった。黒光りする凶悪なフォルムがその口腔から吐き出した48口径の弾丸が、全獅を左右から伺っていたチェーンソーを握る作業員らしき男と、護身用拳銃を向けていた事務員らしき女の頭部に命中。後頭部を破裂させ、息の根を止める。
それが合図となった。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「るあああああああああああああ!」
全獅を囲むように、10数人の群衆、〔自然派〕という名の狂気が肉の波濤となって押し寄せる。
そして、
「ぬぐああああああああああああああああああああああ!」
「う、お!?」
フラフラと立つ大和と、何の心得もない波崎和馬、動揺する時雨に残りの半分が襲来。小柄な若い男が低い位置から迫り、両腕が突き上げたナイフが大和の腹へと向かう。時雨の眼前で、無茶な訪問をし、人工呼吸をしてくれた揺れる少女が、弱弱しく、しかし鬼気として笑う。
その表情が、時雨の心を大きく揺らす。
だから、
「〔天地闊法〕・〔守掌〕」
時雨の身体が、動く。
大和と小柄なナイフ男との間に割り込み、流水のごとく滑らかに動いた時雨の左右の腕とナイフが交錯。
そして、
「〔添面、流〕!」
時雨の裂帛の気合。ナイフを側面から押し込んだ右手と、男の右腕を押した左手が、凶器の軌道を時雨の右耳の外へとズラす。さらに攻めへと動きが連動。
「〔攻脚〕!〔因幡魚〕!」
踏ん張っていた時雨の背が背後へと逸らされ、バック転でもする勢いで後頭部がアスファルトに迫る。頭部が地面とぶつかる直前、かち上がった時雨の右膝がナイフ男の無防備な横腹を下からブチ抜く。時雨の頭は、両腕で掴んだナイフを握る男の拳を先に地面にぶつけることで、間一髪のところで停止。同時にナイフも折れる。
だから、
「〔攻脚〕!」
時雨の右脚が畳まれ、男の腹を蹴り飛ばす。ナイフ男の身体は、彼の背後から迫っていた老紳士然とした男と、学生服姿の少女を巻き込む一撃となる。それを見届けもせず、左脚を軸に時雨が横に回転。体勢を立て直し、両腕で傍らの2人を掴んで叫ぶ。
「俺のことを、わかったような口をきくなよ!」
「時雨、くん!?」
「貴、様!?」
時雨は大和を波崎に押し付け、波崎の身体で少女を庇うよう地面に伏せさせる。同時に間近に迫った3人の男女を、波崎の背に手をついて逆立ちした姿勢からの連蹴りで吹き飛ばす。
さらに、少年は叫ぶ。
「俺は!俺は俺が誰より弱いと知っている!この状況においても、損得勘定で動こうとする汚さを知っている!〔約束〕に囚われる未熟さを知っている!だけどな!?テメェらに、勝手なことばかりされては言われる筋合いもない!」
そう、今まさに体勢を立て直して学生服姿の少年の木刀を両腕で防いだ時雨には、この場で戦うメリットなどまるでない。むしろ、敵対しているらしい大和と全獅を置いて逃げればことは済む。その上、波崎と交わした〔お互いに言いたくないことは聞かないし、能力を使って探ったりもしない〕という約束を守ろうとすれば、無条件に周囲の人間の〔心を知ってしまう〕時雨の能力も使えない。
戦うことにメリットはなく、逃げることが優先すべき選択だと時雨はわかっていた。
しかし、
「知っているか!?俺の不服の異名を!?」
少年の気質は、まがりなりにも2度命を救ってくれた大和を囮に逃げることを許さない。ほとんどその危機の原因が彼女にあったとしても、気高い心と力を持つ彼女でなければ、そもそも時雨はさっきの爆発で死んでいた。逃げるとか戦うといった選択肢すら、〔大和があの時点で自分だけを守るような人間であれば〕、存在しなかったのだ。
時雨が木刀の少年を前蹴りで吹き飛ばし、叫ぶ。
「知っているか!?〔約束が死んだ時〕の苦しみを!?だからこそ俺は、〔約束は絶対守る主義で、約束は絶対しない主義〕だってことを!?」
少年の掲げた主義は、波崎と交わした約束を自ら破ることも許さない。たとえそれで危機に陥ろうとも、〔約束〕を破ることが心の死につながると考える少年は、それを譲らない。
「俺は逃げない!破らない!なぜなら!」
そして、
「何度でも言うぞ!?俺は波崎和馬の弟子!英雄探偵、天出雲時雨だからな!」
背後で燃える事務所の炎。数々の思い出が詰まった安らげる心の居場所の断末魔が、揺れていた時雨の心を完全に定め、怒りの灼熱となって引火する。無法に対する憤怒が、自らの甘さに対する自噴が、青臭い激情となって時雨の瞳を燃やす。
僅か怯んだ敵の群れへ、蒼い炎の少年が襲いかかる。