忘れすぎだろうぅううううう!?
それは初めて見た、目を細める少女の無垢な笑み。
待っている者がいる、だからこそ死地を切り開こうとする、誇り高き戦士の笑みだった。
その光景に、
「なんだよ、お前・・・なんなんだよ!?」
次の瞬間、時雨の中には激情の炎が生まれている。
その感情の正体は、嫉妬。
つまり、
「力があれば、何でも許されるってのかよ・・・」
「そうだ。守るのも、信じるのも、全ては成しとげる力あってこそ。お前もそれくらいわかっているだろう、探偵?」
「く・・・」
「そして、お前はその力を持っている。私は、そう思ったのだが?」
「俺、は・・・違う」
時雨は、しかし大和の言葉を否定する。眼前の少女のように、圧倒的な力と気高き意志を自分が持っているとは思えなかったのだ。
だから、
「お前とは、違う」
少年は否定する。
時雨には、眩しかった。本当は欲しくてたまらない、〔大切な仲間と己自身を同時に守り斬る力〕を、少女は持っている。〔大切な人々と共に過ごす権利〕を、少女は持っていることが、時雨には悔しくてたまらなかった。
時雨は大和から手を離す。
大和は、少し残念そうな微笑を時雨から背け、離れて20近い幽鬼に対峙する。
相手は非感染者だが、その眼には決死の覚悟と歪んだ憎悪がある。数に押されれば、満足に身体を動かせない大和とてひとたまりもない。
だが、
「俺は・・・」
時雨は、動かない。
動けない。
そして、
「時雨くん、君だけでも逃げろ」
顔を上げた時雨の前で、波崎和馬がそう言った。
時雨のように心得があるわけでもなく、荒事には逃げ足で対応する男が、そう言って懐から似合わない銀色の護身用回転式拳銃を取り出す。短銃身・小口径の拳銃を構えて、冷や汗を流した波崎が笑う。
時雨の前に、灰色の背広が立つ。
思考が、信じられない、信じたくない未来を捉えて少年の身体を硬直させる。
殺意の群れが動いた。
「ぬああああああああああああああ!」
「うれええええええええええええええい!」
時雨の前に立つ大和と波崎に、奇声を上げて左右から襲いかかる。
そして、
「おいおい、忘れすぎだろうぅううううう!?皆様方よぅ!?」
波崎探偵事務所の2階から、紅蓮を纏うオレンジ髪が、少年の時間を再び動かす。