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奥の手は早めに出しとけ

 月光を跳ね返す鈍い刃、それが描く白い軌跡から、時雨は大きく右に数m飛び退く。

 その反応は実際のところ、カッターナイフという得物としては頼りない代物に対して、過剰ともいえた。時雨という、高い反応速度と判断力、俊敏な体捌きと必殺の脚技を持ついわゆる〔達人〕ならば、明らかに素人の振るうそれなどあってもなくても同じだ。

 しかし、



「〔武装型(ウェポンタイプ)〕の特性増幅!お前、本気で殺る気だったな!?」



 そう叫んだ時雨の左耳、その耳たぶが真っ二つに裂けている。遅れて滲み、滴った血が地面に落ち、身構える時雨のすぐ側にある〔斬撃の跡〕に流れる。その痕跡は、地面を底辺にした鋭い三角形の溝。パーカーの振るったカッターの直線上にあり、陽炎のように輝く粒子が漂っていた。

 最初パーカーがカッターを振った時、時雨にはシュゴッ、という音だけが届いた。そして、飛び退き着地した時には、パーカーのカッターから一直線に見えない斬撃が奔り、地面を抉っていた。感染者の力によって〔斬る〕というカッターの特性を増幅された斬撃は、回避したはずの時雨の身体に、余波だけで確かな傷をつけている。

 だが、



「ハッ!それで終わりかよ!?」



 時雨はダラリと両腕を垂らして動きを止めたパーカーに、耳の痛みが伝わるより速く、すでに迫っていた。

 3年。初等教育を終えた時期から、高等教育機関たる英星高校に入学し、現在に至るまで、時雨は探偵だ。そして、全人類の3分の1が〔感染者〕であるこの世界で、探偵業という職

務は危険を伴う。〔真実〕を暴き出す探偵への悪意は、3分の1の確率で〔このカッターナイフ男レベルの危険を呼ぶ〕からだ。

 だから、数々の危険を潜り抜けてきた時雨の経験が、内心で叫ぶ。



『コイツは、〔今の俺〕でも手に負える!』



 確かに、〔武装型〕の中でも刃物を得物とする〔感染者〕が使う〔斬撃の延長〕は単純にして強力だ。だが、逆に言えば〔刃物が得物の武装型は必ずそれを使うし、強力ゆえにそれくらいしかしてこない〕。

 その、はずだった。



『あの、構えは・・・!?』



 疾走する時雨の蒼い瞳が前方の影に立つパーカーを捉え、怪訝に眉を寄せる。パーカーは、右手でカッターの柄を、左手で12cm程の刃の先端、側面部分を持ってこちらに向ける。側面から圧力をかけられたカッターが、弓なりにしなる。



『得物にカッターナイフを選んだのは、そういうことかよ!』



 ぞくりと悪寒が背を撫でて、確信を得た時雨は反射的に顔の前で両腕の交差防御。右前方、パーカーの側面に頭から跳躍する。パーカーの影に隠れた口許から、白い歯が笑みの形で月下に現れる。

 そして、



「・・・断!」



 短い言葉と共に、カッターナイフが〔四散〕する。全方位に向けて、カッターの刃に入った切れ込みに沿い、小さく折れた刃が回転しながら飛んだのだ。さらにはその刃1つ1つに光の粒子。〔斬撃の延長〕が、無差別破壊攻撃となって発動する。ズカズカズカと、大根を出刃包丁で斬ったような音が連続し、薄汚れた路地が粉塵に覆われる。

 その中心で、



「・・・」



 パーカー男が、右手でほとんど無くなったカッターの刃を外し、左手でポケットから予備の刃を装着する。チキチキと音を立てて動作確認、不気味な無言の殺意を周囲に向ける。



 だから、



「・・・ああ、悪かったよ、俺の負けだ」



 晴れた粉塵の中、腹を抱えるように蹲った姿勢で、時雨はそう言った。ゆっくりとした動きで、パーカーが振り向く。いっそ潔いくらいの敗北宣言。パーカーは確かにそう受け取った。どうやら時雨の腹から零れている血も、それを証明している。



「だから、退いてくれよ」



 時雨の、泥と血に汚れた、苦しげな顔が上がる。歪んだ笑みが、媚びるようにパーカーを見る。



 だが、



「・・・死」



 パーカーは、ここで終わらせるつもりはない。数m先の薄汚れた路地に突っ伏す男は、出血量から見て、傷はそれほど深いようではない。仲間をぶちのめされた報復。そして今は震えて遠巻きにしている宮部マリアの恥を払拭し、報酬の上乗せを手に入れる。

 パーカーを動かしていたのはそんな心理であり、両腕はすでにカッターナイフを弓なりに引き絞っている。

 そして、



「あ~、もう、俺ホント、凄いヤダ。絶対後で怒られる。でも奥の手は・・・」



 時雨の声が、烈風となって放たれた斬撃の嵐に呑まれる。粉塵と光る粒子が巻き上がり、パーカーと時雨の間に爆裂する。



「・・・勝」



 パーカーがそう呟く。状況は、すでに確認するまでもない。

 はずだった。



「奥の手は、大事にとっておいても早めに出しとけあああああ!気持ち悪いぃいいいいいい!」



 巻き上がった爆塵の中から、時雨の右手が伸びるまでは。

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