負けず嫌いな女
絶薙大和は、負けず嫌いな女である。
それを裏付けるように、回送ではない電車を降りた少女は傍らで交差点の信号が青に変わるのを待つ時雨に言った。
「おお!あれを見ろ、駄犬よ!?地面に貴様の好物であるジャガマヨと同じ味のする、アスファルトが落ちているぞ?さあ、舐めてみるがいい!いや、今ばかりは、私も貴様の愚行に耐えても良いぞ?さあ!」
「お前、俺を絶対騙したいせいで、吐いた嘘が全裸で手を振ってるのがわからないのか?」
あまりにも言葉の裏が見え見えの大和の言葉に、時雨は呆れた声で羽虫でも追い払うように邪険に手を振る。その仕草と態度が気に食わなくて、大和は信号が変わって歩き出してなお、往来する人混みの中で言葉を続ける。
しかし、
「見ろ!今日はこんなにも、太陽がマリッジブルーに輝いてる!」
「おい、6歳でももう少しマシな嘘を吐くぞ?そもそも太陽、女かよ?ブルーな婚前なのかよ?」
「ぬ、ぬう。な、なあ!貴、貴様・・・駄犬、よ?」
「おい、今貴様から駄犬に変化したが、そこは例えば〔お、お前・・・時雨、さん?〕みたいに変化するとこじゃないか?お前の中で駄犬は貴様より格上なのか?そこはどうなってる?」
「見、見ろ!あそこだ!あの男、虫のような顔だ!きっと蟻型の異獣の眷属だぞ!?」
「あまり大声を出すな。胡散臭い宗教団体がお前の異次元のカリスマ性に気づいて駆けつける」
大和は歪んで捩じれた性根の時雨と比べて、あまりにも実直過ぎた。時雨の言葉を鵜呑みにしてしまう凛名の純粋で素直さな気質とはまた違う、正々堂々・威風堂々といった少女の気質は、この少年を相手にした舌戦において明らかに不利だった。
だから、
「フ、フ、フハハハハハ!」
「どうした?突発的な若年性痴呆か?なら、早く近場の焼却炉へ急ぐぞ」
大和は自分の不利を悟り、交差点の真ん中に差し掛かったところで強硬手段に打って出た。
それは、
スザ!
という音を伴って時雨の足元に突き立ち、
「・・・あ?」
と言う声を、脚の止まった少年に上げさせる。
結果としては、
「ホラ、早く行くぞ?駄犬?」
「お、はあああああああああああああああああああああああああ!?」
大和は時雨のズボンの裾を、どこからか取り出した鍔のない大太刀でアスファルトごと串刺しにして放置した。大和がクツクツと笑い、時雨が慌ててズボンの裾を引っ張っている内に、交差点の信号が変わる。
歩道でニヤニヤと大和が見守る前で、交差点の真ん中に縫いとめられた時雨の周囲からクラクションと罵声の嵐。さらには、大和の耳が遠方より車列を縫って響く、ピーポーピーポーという警笛を聞く。
そして、
「テメェ!チンパンジー大和おおおおおおおおおおおお!?この借りは、ゼッテェ返・・・!」
「フハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハ!」
大笑いする大和の目の前で時雨の言葉が途切れる。時雨は交差点に飛び込んできた救急車、少年の姿を発見して急停止した赤白の緊急車両に、軽くズドンと撥ねられた。