根に持つ男
天出雲時雨は、根に持つ男である。
それを裏付けるように、第1層に到着した階層エレベーターを下り、列車に乗り換えるために大和と構内を歩いている時、売店の前で脚を止めた時雨は言った。
「事務所までは電車で30分はかかる。俺と愉快にお喋りするのは嫌だろうし、30分の毛づくろいでは取り切れないほどのノミがいるんだから、雑誌や飲み物でも買っとけ」
「ふむ。確かにダメ犬との会話が盛り上がるはずもないし、お前がアホ犬らしくさっき喰ったタマネギで無様に悶え死ぬのもまだ先だろう。仕方なくそうしよう」
時雨は背後からヒールを蹴り折ってやりたい衝動を堪え、大和が売店で適当な雑誌を見繕う横で週刊誌を1冊購入、少女から離れて待った。すぐに大和が戻り、両者は無言で歩みを再開。時雨は事前にエレベーター内で調べていたホームへと大和と降りる。
そして、
「コイツだ」
「ふむ」
時雨はホームに停車した電車の前でそう言って、大和が乗り込むのを待った。一歩を踏み出した大和が、怪訝な顔で振り返る。
「なぜ貴様は乗らぬ?いくら私と言えど、同じ車両でも端と端にいれば我慢の範疇だぞ?」
イチイチ癇に障る言葉を選ぶ大和に、時雨は冷静に答える。
「俺は同じ車両でも猿の放つ悪臭に我慢できないが、幸いなことに日本には〔女性専用車両〕というシステムがある。俺は隣に乗るから、類人猿ではあるがメスであるお前はこっちだ」
「ほう?昨日まで電柱がトイレだった空気の読めないお前にしては、気が利いているな?」
「気を付けろ?あの天井からぶら下がってる吊り革は、猿園にあった遊具とは違う。間違って飛びつくと、3日前に脱園した時に誤ってフェンスに触れた時と同じように、感電するぞ?」
大和がサッと大きな袖を翻して電車に乗りこむ。降車する駅名を事前に告げていた時雨は、見届けもせず隣の車両に乗り込む。
時雨は、座席に座って思考を巡らせる。
『普通なら、この時点でとっくに気づいてる』
時雨は〔誰も乗り込んでいない周囲を見渡して〕、携帯端末で時間を確認。2分間、座席で雑誌を読んで待つ。セットしておいた携帯端末のアラームが、振動で時雨に時が来たことを伝える。サッと座席から立ち、時雨はなぜかホームに戻る。
同時、
プシュー。
電車の自動ドアが空気圧で鳴り、閉まる。電車がゆっくりとホームから滑り出し、時雨の視界から窓辺の席に腰かけた大和の背中が遠ざかる。時雨達の乗り込む5分前に清掃を終えた、大和を乗せた〔回送電車〕が保守点検のため整備所へと向かう。
それからしばらく、時雨は手近なベンチに腰かけ、週刊誌を読みながら時間を潰す。
きっかり45分後、
「あの貴様ああああああ!何が〔女性専用車両〕かあああああああ!?私をたばかりおって!吊り革に電流も流れていなかったではないかあああああああああああああああああ!?」
笑いを堪えた時雨の下に、駅員に引率され、明らかに暇を持て余して吊り革で遊んでいたのだろう大和が真っ赤な顔をして現れた。発見された時雨は即座に飛びつきから空中腕ヒシギ十字を喰らったが、大和は彼のニヤニヤ笑いを止めることは出来なかった。