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ジャガマヨドッグ

 時雨は炎点都市ヨロズの第2層、衣料品や医薬品、食料品などの店舗が並ぶ通りにいた。

 まだ昼食には早いまばらな雑踏の中で、手近なテナントビルに背を預けた少年の包帯が巻かれた右手には、濡れた制服の入った紙袋が握られている。左手は仕方なく買ったウォレットチェーン付の濃緑色のカーゴパンツのポケットに突っ込まれており、夜色の髪と同じ店舗で購入した何の飾りもない白のYシャツの襟が風に揺れる。その口には退屈そうに、屋台で買った朝食代わりのジャガマヨドッグが咥えられている。

 ボケッと雑踏を眺めているようにしか見えない時雨は、しかしこれからのことを一心に考えていた。

 つまり、



『早く帰りたい。早く凛名から、親父の事を。引っ越し前だってのに、所長が依頼なんて受けなきゃ・・・あのワカメ』



 時雨は大恩ある探偵の師、もうじきこの都市を去る男の頼みを断れず、結果自分の現状に不愉快だった。頼りになる相棒であるガデティウスが凛名や壊れた家のことは任せてくれと言ってくれたため、少しは安心する部分もあるが、やはり焦燥感は消えない。

時雨はなんとか気持ちを切り替えようと、ポケットから左手を出して、落ちそうになっていたジャガマヨの一片を舌先で舐めとる。さらに大きく齧る。酸味と塩気の効いたマヨネーズと甘くホクホクのジャガイモとタマネギ、焼き立てのドッグパンの香ばしさ、それらが混然一体となったB級な味わいが口中一杯に広がる。存分に楽しんで、紙袋から取り出したミネラルウォーターをひと飲みする。気晴らしに、寄せられた眉間のシワが少しは伸びる。

 そして、



『しかしあのパッツン、着替えを買うのに時間かかりすぎじゃ・・・』



 と、時雨が思った時だった。



「おい、行くぞ?」



 時雨の前を、固い声と一緒にスッと左手に紙袋を持った黒い影が通り過ぎる。微かに鼻孔をくすぐる、椿の花を模した香水の香り。見覚えのない後姿と聞き覚えのある声。そんな矛盾に硬直していた時雨は、ハッとなって黒い影の後を追う。

時雨の視界には、まず黒いヒール靴、黒いフリルと黒いレースのついた短いスカート、左は白い太腿が見えるほど短く、右は膝に着く程度の、アシンメトリーな丈の端が映った。

次いで上がった視線が、細くくびれた腰と、黒地に赤い彼岸花をあしらった太い和柄の帯を見る。後ろから見ると大きなリボンのようにも見える帯の上はどうやら着物の形状をしているらしく、黒地に金糸で荒れ狂う波濤が薄く縫いとめられ、二の腕付近に余裕のある大袖(おおそで)が脇に近づくにつれて細く絞られている。

そして時雨の蒼い瞳は順を追って少女の白い首筋、うなじにかかる数本の後れ髪、高い位置で束ねられた黒髪は朱塗りの(かんざし)を模した髪結いでポニーテールとなっていることを発見する。口から落ちそうになったジャガマヨドッグの残りを、気づいた左手でギリギリキャッチ。

つまりは、おそらく、



「お、前・・・絶薙(たえなぎ)?」

「そうだがどうした?」

「いや、ああ、うん・・・」

「・・・なんだ?」

「いや、ああ、うん・・・」

「・・・」



 時雨はこの時になってやっと猿かクソ猿くらいに思っていた腐れ猿が、マニアックな風体にしろ、一応は人間の少女であるのだと、振り返ってこちらを怪訝に睨む姿を見てようやく気づいた。いつの間にか少女の手元から無くなった鍔のない大太刀も、おそらくは少女の攻撃的な印象を和らげるのに一役買っている。

しかし、時雨はそれをそのまま認めて口に出すような性格をしていなかった。

 だから、



「猿でも・・・」

「ああ、大変だ。まだ目に蒼い水が詰まっているぞ?今すぐ水を抜かねば」



 漆黒の和装ドレス、絶薙大和の右手の人差し指と中指がVの字となって、茶化そうとした時雨の気配を察して湖面のような蒼い瞳に突如突進。偶然瞬きをした時雨の眼球に、瞼を挟んで目潰しが衝突する。



「うごあげぼらあああああああああああああ!?」



 膝を路面のタイルの上につき、時雨が両手で両目を抑えて悶絶。そんな反射的で本能的な防御行動をとったせいで、時雨の顔面には左手に握っていたジャガマヨドッグの残りが激突。酸味と塩気の効いたマヨネーズと甘くホクホクのジャガイモとタマネギ、焼き立てのドッグパンの香ばしさ、それらが混然一体となったB級な味わいが顔中に広がる。あまりの苦痛に、涎まで垂れる。

 対し、



「フンッ!いいからさっさと案内しろ!野良犬風情が私と歩けることに感謝してな!」



 どこか不機嫌な調子になった大和は、振り返りもせずに階層エレベーターと駅を兼ねる交通の要所、ヨロズを支える巨大な六角形の柱へと向かう。

 背後では、



「誰だお客様は神様なんて言った奴はアイツは腐れ猿だぞ鼻から脱糞できるんだぞクソがああ」



四つん這いになって拳を握る時雨が、ワナワナと怒りに震えながら〔依頼人様〕の暴挙を我慢し続ける。


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