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私は

「あ・・・」



 陶然と口を半開きにした紫水晶の瞳が、その光景を映す。

 足元には、大瀑布から落ちた、〔界子〕による浄化が済んだ清流が作る湖。

 湖畔には、大地から黒く染み出した〔あの世〕・〔心界〕の汚染を逃れ、春の訪れを告げる桃や黄の花々がその純潔に誇り咲く。それを見守るように植えられた樹木の列は、温かい木漏れ日を薄くたゆたう影と共に作る。

 その先には、人工的な長方形のビルや家屋の列。環境保護区域ゆえ、赤や緑の光を放つ派手な広告や3次元ディスプレイは、そこにはない。ただ、古代の遺跡のような面持ちで、白や灰、赤茶の色彩が調和していた。



「なん、て・・・」



 思わずヘルメットの遮光モードを解除した少女の真正面には、一部を解放されたヨロズの灰色の外殻ドーム。少女を迎えるように、蒼い空と流れる風にゆっくりと背中を押された雲の群れ群れがある。

 全てを包む、春の太陽がそこにある。

 少女を包む、瀑布の虹がそこにはあった。

 そして、



「ああ・・・」



 少女のすぐ後ろ、息のかかる場所で、眼前にある刹那の幻想に無形の感嘆が上がる。だから少女はこっそりと見上げてみる。

 空と同じ色の瞳が、前を見ていた。

 水気の多い風に、夜色の髪が靡く。

 白い肌に張り付く汗が、少年の細い首を流れ落ちる。

 どうして少年が泣きそうな顔をしているのか、少女にはわからない。

 長く〔鳥籠(とりかご)〕の中にいた少女、朧凛名には、獣のように自分を求める少年がわからない。

 だが、



「大、丈夫・・・」



 凛名の声に、ハッと少年、天出雲時雨が振り向く。戸惑ったような、少年には似つかわしくない可愛く揺れる蒼い瞳に直視され、凛名は頬が火照るのを感じて目を逸らす。しかし、言わねばならないと、小さな銀色の少女の中でなけなしの勇気が振り絞られる。

 だから、



「大丈夫、です」



 凛名はつないだ時雨の右手、何度も潰れたマメで固くなったそれを、小さな左手でギュッと握る。おずおずと、瞳だけで時雨を見上げて、告げる。



「私、ここに・・・」

「お、ま・・・」



 反応に、凛名は顔を伏せてしまう。

 ただ、凛名は悲しみと苦しみに満ちた時雨の瞳を救いたかった。

 しかし、そんな力も想いも自分が持っていないことを、自分が眼前の不安から逃れたかっただけだということを少女自身わかっている。気休めにもならないこと、何の解決にもならないことも。

 それでも、



「アナタの側に、いるから」



 一度伏せた顔を上げた少女は、今度こそまっすぐ少年を見る。

 凛名。その名にふさわしい、凛なる光がそこにある。

 だから、



「捕えたあああああああああああああああああああああああああああ!」



 凛なる少女に見入ってしまった少年、天出雲時雨は、車体後部にドスンと落下した黒い影に、気づくのが遅れた。


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