反射
時雨の見立てによれば、その能力は〔反射〕と呼ばれる類のものだった。
まず、昨晩の赤い光線を、それは文字通り反射していた。
そこから、目の前にある背中から生えたそれ、おそらくは昨晩光線を弾いたものと同じ性質を持つはずの翼は、つまり空気中の分子を反射して飛行を可能にしているのだと推測出来た。
さらに言えば、その能力は時雨にも及んでいた。
ついさっき自宅で浮遊したこと、ガデティウスで外へ出た直後にも時雨は彼女に触れていたことでしばらく凧のように宙を泳いでいた事実がそれを裏付ける。
つまり、
「お前は触ったものと一緒に飛べえええるはああああああずだあああああああ!」
「そそそそそんなそんなそんなそんなああああああああああああああああああ!?」
グンッ、と、中空をガデティウスの推進剤の噴射で進んでいた時雨と凛名に、重力という巨人の両手が捕まえる。単車が高速で縦回転しないように、推進剤の噴射が停止。ほんのわずかの無重力感と共に、単車が機首を前にして、悲鳴の尾を引いて落下開始。今までずっと小声だった凛名の大音声の悲鳴が、時雨の鼓膜に突き刺さる。
だから、
「聞いいいいいいいいいいいいけええええええい!」
時雨は、右手の手錠を引き、鎖の先にある、川面の輝きに艶めく凛名の左手を摑まえる。ギュッと手を握られて、ハッと顔を上げる凛名の涙ぐんだ紫水晶の瞳が、時雨の蒼い瞳を見る。
そして、
「このままじゃ俺、絶対死ぬぜ!?」
時雨は凛名に向かい、しとどに冷や汗を流しながら、歯を剥いた獣の笑みを見せる。
それは、分の悪い賭けだった。
目の前にいるのは、少年の死を、自分の命を代償に救おうとした優しい少女。
時雨は、今突き付けた事実、天出雲時雨の死を、朧凛名は覆そうとすると踏んだのだ。
つまり、
「助けろ!俺を!」
単純に言って、それは他力本願だった。
しかし同時に、
「これで貸し借りナシだからよおおおおおおお!」
「!」
凛名はその一言で、必死に自分を狙う襲撃者から庇ってくれた時雨に、まだ何もしてやれていないことを認識する。
だが、
「時雨!モウ!」
ガデティウスの主人を案じる悲鳴が上がる。時雨の蒼い眼が、間近に迫った白と青の斑、瀑布川を映す。
そして、
「ミール、力を・・・!」
水面と激突する寸前、時雨は胸の中に抱く凛名の声を聞く。
時雨の視界が白い飛沫に包まれる。単車も制服も、一瞬で立ち上った水柱と同化する。
そこへ、
「死んだ、か?」
遥か上方、自らが切った無惨な高架橋の断面にホットパンツから伸びたしなやかな白い脚をかけ、覗きこむ声。先端を切りそろえた黒い前髪と後ろ髪を風に揺らし、日の光を背負った死神が白い水柱を凝視する。