凛名‐①
上空から声。次の瞬間、およそ500m先の四車線道路を、空間を奔った巨大な円月の斬撃が両断、粉砕。異常事態を悟った、時雨の後ろを走っていた後続車両がスピンしながら急停止をかけていき、直進するのは時雨の単車のみとなる。
つまり、
「高架橋を斬った、だと!?」
単車を横滑りさせた時雨としがみつく少女へ、120m下の川面から、ついさっきまで橋だった瓦礫の落ちる音が届く。そこへ、時雨に振り切られるという判断から、進路そのものを破壊した黒髪の少女がゆっくりと迫る。
時雨は近づく黒い影と、10mは割られた高架橋を見比べ、必死に思考していた。
『どうする!?ガティには飛行能力も、水上走行能力もない!引き返して強行突破!?無理だ!あんな手練れ相手に、直線軌道の単車なんて一瞬で斬られる!白兵戦!?無駄だ!そもそも〔心が読む症状〕を使ったところで、アイツの速度に俺がついていけない!わかっていても避けられない!何か、何か手は!?』
黒髪の襲撃者との距離が、50mを切る。時雨の思考は、しかしまとまらない。
だから、
「時雨、さん」
「どうする、どうすれば・・・は?」
時雨は、胸元で翼を生やした少女がヘルメット越しに紫水晶の瞳で見上げ、か細い声で自分の名前を呼んでいることに気づくのが遅れた。
そして、
「い、いいんです、私」
「お前・・・」
「気づくの、遅くて、す、すみません。で、でも、あの人、つまり、私を・・・」
「・・・」
「だから、し、時雨さんは、関係ない、です」
時雨は、気づいた。少女は、知っていたのだ。自分が狙われている事実を。そして、そこに時雨を巻き込むまいと考えていることを、少年はたった一言で理解する。
少なくとも、彼女が自分の命より、少年を心配しているということも。
だから、