遅いぞ遅いぞ遅いぞ遅いぃいいいいいいいい!
時雨の住むアパートの1階は周囲を生垣で囲まれている。それはガラス戸の外、ベランダでは、隣室との仕切り代わりにもなるよう調整して植え込みが作られていた。
そして、
「うごががががががががががが!」
そもそもその生垣は、〔バイクが突っ切れるように計算されてはいない〕。もちろん、突っ込んだ場合、ガデティウスの重量は生垣の耐久力を上回り、緑に茂るそれはなぎ倒される。
しかし、
「ご、がああ!?」
バイクのハンドルを右手1本で掴み、生垣を抜け出た少年、時雨の顔には無数の切り傷とひっかき傷があった。単車の質量でねじ伏せられ、折れた枝の群れを回避出来なかったのだ。
しかし、時雨には、苦鳴を上げる以外に手段がない。
「だ、だ、大、丈夫、ですですか?」
左手の手錠の鎖の先で呟く声、時雨と共に浮遊する、銀の翼を生やした少女に応じる余裕もない。ヘルメットを全面遮光モードにした少女の背後、玄関を振り返る。時雨の背に冷や汗。
だから、時雨の号令を待たず、気を利かせて〔高速機動形態〕に変形した単車に叫ぶ。
「ガティ!来たぞ!」
「了解。テイクオフ」
そして、
「わ、ふうい!?」
グンッ、と推進剤の燃焼で急加速した単車が、翼を生やして浮遊する少女の悲鳴を背後に置き去る。細い路地を、鏃のような形状のガデティウスが〔自動操縦モード〕で疾駆。左手で繋がる鎖の先で浮遊する少女を引っ張り、同じく浮遊している時雨が右手の握力だけで単車の加速に耐える。
しかし、
「何!?貴様!」
時雨の後方で、光る軌跡。一瞬後に、つい今しがた出て来た生垣が迸った銀の刃によって爆砕。右の踵で路地に白煙を上げて、両手に逆手にした刀を握る黒髪の少女が姿を現す。切れ長の、文字通り黒い刃の瞳が、急速に離れていく時雨達の後姿を捕捉。四足獣の姿勢から、単車を追って少女が爆発的に加速の疾走。
「コイツ!?」
首だけで振り返った時雨の舌が、この状況でも冷静な思考の導いた結論を放つ。
襲撃者たる黒髪の少女は、明らかに物体を強化の特性を強化する〔武装型〕の感染者だ。
しかし、
「なん、だよ!?その身体能力は!?」
時雨の後方で、黒髪の少女の姿がグングンと大きくなる。感染者は常人より肉体の能力や強度が高いのは常識だが、時雨は〔変心した白虎並の加速力を出せる武装型〕など見たことがなかった。しかし、確かな眼前の事実から導かれる結果は受け入れがたくも時雨に次の行動をとらせる。
しかし、
「遅いぞ遅いぞ遅いぞ遅いぃいいいいいいいい!」
背後から迫る黒の凶弾は、時雨の肌を粟立たせる。