空中浮遊窒息死未遂
左手の手錠に気を付けながら時雨が身体ごと振り返り、蒼い瞳を紫水晶のそれと正対させるまで、少女は猫のように丸く寝そべった姿勢から微動だにしなかった。少女の息は、まるで時が止まったかのように停止。眼球も、人形のガラス玉のように動かない。
だから、
「あ~、ええ、おはよう?」
時雨は自分でも怪訝に思いながら、そう呟いた。
その言葉が、空気を震わせ、少女の鼓膜に届き、電気信号に変換されて脳に届く。本来なら1秒もかからないその工程を、たっぷり3秒かけて少女は現実の現象と認識する。
そして、
「ふひ・・・!?」
「お、おい!?」
少女の身体が、ガバっとベッドの上に起きる。あまりにも唐突な動きに、時雨は左手の手錠を引かれてベッドに手をつく。右手にかけられた手錠、逃走防止、起床したと同時に時雨が気づくようにつけられたそれに、その時やっと気づいた少女はしかし、眼前に急接近した時雨を見て、
「ふうふ、ひ・・・!?」
と、最先端の電気ケトルより高速で顔を羞恥で真っ赤に沸騰させる。それは同時に、不安と混乱に瞳を潤ませるという複合技だ。
さらには、
「うお!?」
バサリ!という音を立てて、少女が瞬時に感染者特有の体外に漏れ出る自らの魂と、ヨロズ内で安定供給されている空気中の〔界子〕を、白い翼として生成。部屋の端から端に届く規模で展開。背後から注ぐ日光で、時雨の前では翼が銀の光沢を帯びる。
さらには、
「おいおいおいおい!?」
時雨の前で、少女の身体が天井に向かってフワリと上昇。どういう原理か、鎖で繋がった時雨の身体まで床からフワリと宙に浮き、支えるモノの無い状態で中空に停止する。
その上、
「お、おい!?どうした!?」
「ふふう、ふぐ・・・!?」
時雨はそんな神秘的で不可思議な現状に気を取られている場合ではなかった。
なぜなら眼前で、ついさっき顔を真っ赤にしていた少女が、今は血の気の失せた真っ青な色になっていたからだ。見ている内に、少女の頬が吐く前のように膨れ、眉根から眉尻までがシャクトリ虫のごとく波打つ。
「まさか、お前!?」
時雨は、まだ名も知らぬ少女の能力が発現しているという、若干危険な現状を無視して少女の肩に手を伸ばす。自らの重量が感じられない無重力のような奇妙な能力の下で、時雨は日々の鍛錬により固くなった掌を、苦労して少女の細い肩に伸ばし、掴む。
「い、息をしろ!?さっきからお前、吸ってないぞ!?」
「ふうぅ、ぐ!?」
おそらくは、時雨という人物や環境に対する極度の緊張。能力が発現しているのもそのためだと原因にあたりをつけ、時雨は必死に言葉を続ける。