ここだああああ!
もしヘルメットをつけていなかったら、超スローモーションカメラで見なくても、高速飛翔した時雨の顔は鼻を中心に不細工に波打っていただろう。だが、そこそこ女生徒に人気のある鋭い印象の時雨の顔面はヘルメットの中であまりの暴挙に頬を引きつらせ、冷や汗をしとどにかいてもはや原型もない。
なぜなら、彼の足元には、足場と呼べるものなどすでになかったからだ。
直下にあるのは彼方まで連なるスラムの街並み、煌々と光る街灯や家屋から漏れる光と闇。
前方には朧月と、藍色の空。
服の隙間から入り込んでくる、初春の冷たい風。
そして、
「おおぉし!ここだあああああ!サイクロォオオオオン!」
時雨の後方には、〔炎点都市ヨロズ〕と人々から呼ばれる、直径百kmに及ぶ円形の都市外殻、灰色の環境保護ドームと、
「ブゥウウウウゥスタアアアアアアアアアアアアア!」
「何が〔ここだああああ!〕だボォケェぅごええええええ!?」
時雨の身体を抱え、全身の甲殻装甲から圧縮空気を噴射して加速をかける白虎がいた。幾ら〔飛行能力〕を持つ〔変心型〕が側にいるとはいえ、指環をとっていない、つまり常人の肉体強度と変わらない時雨には、飛翔と連続加速は精神的にも肉体的にもかなり怖くてキツかった。
しかし、
『カアハアアアア!ドラア時雨!?カメラで捕捉したぜぇええええええ!死をおおおおおお!』
「コ、コ、コ、コイツかあああああ!?」
時雨の被ったヘルメットに、地上の雷音・デルタがある映像と声を映しだした瞬間、少年の蒼い瞳がギラリと光った。それは、遥か先の中空を落下する、人ひとりがすっぽりと入りそうな奇妙な白い楕円形の球体。時雨を立ち直らせるのに十分な理由を持つ、それがどうやら奇妙な声の主だった。
だから、
「もう、行けえええええええええええええええええええええええええ!」
「おおよおおおおおおおおおおおおお!」
時雨はそう号令する。だから、白虎はそう応じて、全身の甲殻装甲を広げて最大加速する。
もはや時雨も、この期に〔絶対に友人を巻き込みたくない〕などと言っていられなかった。
何としても、この白い物体、もしくは物体の中にいるであろう人物と接触しなければならないのだ。
「見えたぞ!」
時雨は、肉眼で落下する白い楕円状の球体をその眼に捉え、叫んだ。
だから、
「な!?」
「おお!?ん何じゃこりゃ!?」
前を向く時雨と白虎は、一瞬気づくのが遅れた。間一髪のところで野生の勘を発揮した白虎が、地上から伸びあがったそれを回避する。白虎の肩の甲殻装甲が砕かれ、白い破片となって落下。突き抜けた赤い軌跡が天空に向かって粒子となって散乱し、時雨に気づかせる。
「赤い光線!?声の主を撃ってた奴か!?」
「おおい!?まだ来るぞ!?」
状況を把握した白虎が、地上から放たれる赤い光線を天性の戦闘勘で上下左右へと回避する。
しかし、
「クソっ!距離が!」
時雨の視線の先で、白い球体が落ちていく。