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おかえり

 真新しい英星高校の制服を身に纏い、車輪のついた小さなトランクを引く少女がヨロズ東部空港のロビーから出る。5月の日差しを溜めこんだ巨大なロータリーにはタクシーの列。背後には、小奇麗なガラス張の空港ロビー。小柄な少女の頭の上には、青空と飛翔する旅客機の狭間で、少女は立ち止まる。



「ええ、と・・・」



 困ったような八の字眉の下で、紫水晶の瞳がキョロキョロと周囲を見回す。次いで、与えられた航羽社製の携帯端末を取り出し、待ち合わせの時間、8時00分より5分ほど早いことを確認。右の側頭部でサイドテールにした銀色の髪を揺らして、少女が再び顔を上げる。

 そこへ、



「オジョサン、1人~?」

「え?あ、いえ、その・・・?」



 日差しに眩しい白い肌の男、金髪碧眼の巨漢が被っていた赤いキャップを脱いで近づいた。一応身なりは白のYシャツにヨロズ交通のバッジを付けたタクシー運転手だったが、頭2つは違う長身の白人に詰め寄られて、少女は思わずどもって目を泳がせてしまう。

 だから、



「OH~。1人、危な~い。ヨロズ、治安あんまりよくな~いYO~?」

「は、はあ・・・」

「ほ~ら!僕のタクシー、安全安心!どこ行きます~?」

「え、いや、私・・・!」



 少女は片言の白人がトランクに手をかけ、それを傍らに停められた黄色のタクシーに引っ張っていくことに抵抗するのが遅れた。もちろん抵抗したところで男の腕力に華奢な少女が対抗できるはずもなく、嫌がっていることにも気づかれないほど微力な反抗しか出来ない。

 そして、



「あの、私、人を待ってて!」

「おケ~イ、おケ~イ!乗ってってYO!」



 あれよあれよと言う間に、少女のトランクはタクシーの後部シートに放り投げられる。その反動で、少女の身体がポテンと路上に尻餅をついた。

 瞬間、



「HEY!GOGOGO!」

「ええ!?」



 少女は今さら気づいた。タクシーの運転席に、黒い肌の運転手が座っていたことに。

 少女が転んだのを好機と見て、白人の赤キャップ男が即座に少女のトランクごと後部シートに収まったことを。

 つまり、



「ど・・・!」



 ブオン!



 少女が泥棒と叫ぶ前に、黄色いタクシー強盗は彼女の少ない私物が入ったトランクをかっさらって行った。こけた状態から右手を伸ばす少女の前から、すぐに下層への下り坂に入ったタクシーのテールランプが消え、異変を察知した巡回中の空港警察が少女に向かって声を上げて駆けつける。どうやら有名なタクシー強盗らしく、髭面の空港警察の男が無線機に向かって叫んでいたが、取り残されて呆然とする少女には届いていない。

 しかし、



「おぉい!?この腐れボケぇ!」

「ふひっ!?」



 少女は、聞き覚えのあるその声に、ハッと顔を上げる。

 そして、



「ふうわああああああああああああああああああああああああああ!?」



 少女は悲鳴を上げて、少し余った長めの袖をワチャワチャと振る。その視線の先からは、走行禁止の歩道部分を爆走する蒼黒い大型単車の影。車体を傾かせて、少女に左手を伸ばす少年の姿があった。

 つまり、



「追うぞ!掴まれ!トラブルメイカー!?」

「ふわっ!?」



 駆け抜け様、少女の腰を左腕で横抱きにし、時雨のガデティウスが凛名を連れ去る。1度車体を右に倒して凛名を自分の前に座らせたノーヘルの時雨がすぐさま蒼い瞳で睨んで怒鳴る。



「つーかなんでだよ!?2秒で騙されてんなよ!?馬鹿か!?お前は白虎並か!?ロビー出てすぐこんなことになるか普通!?カモかお前は!?そしてなぜ髪型を変えて来た!?一瞬お前と気づくのが遅れて、遠くから見て気づいてたのにお前だと思わなかっただろうが!」

「ごごごごごめんささいいいいいいい!そんな、まさかこんなことになるなんてえええ!」



 涙目でアワアワとなっている凛名に、時雨は再会を喜ぶことも忘れて単車を大きく螺旋を描く下り坂に突っ込み、叫ぶ。



「いいか!?こうなったら登校は後だ!せっかく上手く行ったのに、編入初日にお前は遅刻だ!クラスの女子に睨まれろ!担任教師にいびられろ!そういう生活覚悟しろ!?」

「ふわわわ、なんでそんなことを言うんです!?怖いです普通に!な、なんでもしますから!だからどうか時雨さんの力で30分で解決を!」

「腐れボケ!そんなの無理だっての!」

「そそそそそんな!?」



 そんな風に2人が疾走の風に負けぬように怒鳴り合っていると、



「時雨?」

「ああ!?」

「白虎ノ軽トラックガ」



 時雨は凛名と共に、螺旋上の下り坂の反対車線、上り坂を激走する白い軽トラックの姿をすれ違い様の一瞬目撃する。その運転席と助手席、さらには荷台に収まった計4人のトラックの背後から、スピード違反と積載違反を見咎めたパトカーが3台迫っていることも。

 次いで、ガデティウスに着信。時雨の一声で通話が繋がる。

 そして、



「おおい!?置いてったなテメェ!うちの軽トラ置き去りにしたな!?テメェ1人で凛名を迎えに行きやがって!」

「ちょっと白虎!?アンタだからって飛ばしすぎでしょ!?ああもう雷音くんも大和んも頭下げて!なんでパトカー来たら出てきちゃったの!?野次馬根性にしても、追われてるの自分だからね!?」

「う~ん、でもどうせ僕ら白虎くんが時雨くんに対抗してスピード違反した時点で荷台を見られてバレちゃってたと思うんだよね。だからもうあまり関係ないというか、いっそ振り切る方向でどうかな?」

「ウム。そういうことだ。それで?いつあの白黒車両を斬れば良いのだ桜夜?私は天出雲探偵事務所の副所長たるお前の意向を尊重したい。しかしだ。時雨は譲れぬし、この闘争本能を抑える気もあまりないのだが?」



 時雨は共有通話状態となった携帯端末から漏れる馬鹿共の声に瞬間右手で頭を抑え、同時に螺旋の出口から下層の街並みの中に出る。車列を縫い、予測逃走経路を割り出して車列を縫うように単車を振る。

 そして、



「凛名」

「は、はいっ!?」



 時雨は真顔で凛名をチラリと見て、少女をドキリとさせた。

 どんな折檻を思いついたのか想像し、時雨ならいいかと思いつつ僅か顔を赤くしたムッツ凛名は言葉を待つ。

 しかし、



「俺は、さっき無理だと言った。俺には事態を30分では解決できないと」

「あ、はい」

「だが・・・」



 時雨の真面目な口調に、凛名は妄想を取り消して恥じ入って真面目な顔に戻して少年を見る。

 そして、



「白虎!?」

「おお!?」

「俺を追って反転だ!ガティの示す経路で凛名の荷物を奪ったタクシーを追い詰めろ!俺と2台で挟みうちだ!?」

「おお!」



 時雨は、単車の通信装置にまずそう叫ぶ。

 次いで、



「桜夜!?」

「な、何!?」

「熊切さんに連絡を取れ!あの人交通課の課長と呑み友達だったから、そのツテを利用して大物タクシー強盗を追い詰める包囲網を巡回中のパトカーで作らせろ!代わりに手柄はくれてやる!」

「え、えっと、じゃあまずその強盗がいる階層への出入りを封鎖するようにしてもらったらいい?」

「上出来!」



 さらに、



「雷音!わかってるな!?」

「もうとりかかってるよ?今、航羽交通の無人タクシーの車載カメラ映像から、犯人のタクシーを捜索中。少し穴があるけど、ガティの逃走経路予測と照らして範囲を狭めれば、十分追い詰められる」

「了解!ガティ!雷音のリトルバンプレートとリンクを!」

「完了済デス」



 そして、



「大和!」

「なんだ時雨?」

「大人しくしてろ!」

「この貴様、私を以前もオチに使ったらしいが、それは愛ゆえにか?」

「腐れ馬鹿野郎!連中は武闘派で有名だ!お前が行かなきゃ誰が殺る!?」

「嗚呼、だからお前がイイ!」



 時雨はそうして、横抱きにした凛名に示す。

 つまり、



「時雨さん1人では、30分は無理。でも・・・」

「ああ」



 蒼い瞳の少年は、夜色の髪を靡かせて皮肉な笑みを浮かべる。

 言うまでもないことを、敢えて言う必要もなくなったこの繋がりを、確かに示す。

 だからこそ、



「しっかり掴まってろ!凛名!」

「は、はいっ!」



 英雄探偵は世界を救う少女を抱えてなお、



「そうだ」

「え・・・?」

「おかえり」

「た・・・!ただいま、です!」



 なんの屈託もなく、愉しげに笑った。


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