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目覚め

「〔一流の探偵〕という条件とその業務の中で、関わりがある職種は何だと思う?」

「関わりがある、仕事?」



 時雨の言葉に、大和は腕を組んでしばし目線を上へ、考え込む様子を見せる。今回の一件で、大和も関わりの薄かった探偵の仕事ぶりを知っている。すぐに思いつくだろうと時雨が見つめて待っていると、案の定、



「マスコミ、だな。もちろんそれと関われるのは、〔一流の探偵〕だけなんだろうが」



 〔あの男〕が仕組んだ時雨と凛名への包囲網を思い出した大和が、そう応える。



「そうだ。だが、さらに重要な職種がもう1つある。これはそこらの探偵なら必ずある繋がりなんだが、わかるか?」

「ムムム」

「流石に無理か。面倒だからもう言うが、答えは弁護士だ」

「弁護士?」

「ああ」



 大和が知り様もない、探偵にとっては当たり前の前提を、続けて時雨は言葉に変える。



「いいか?俺達探偵の業務を考えてみろ。俺達の仕事は調査業務だ。それは浮気調査、素行調査、行方不明者の捜索。探偵業法の考えに則れば、〔他人の依頼を受けて、特定人の所在または行動についての情報であって当該依頼に係るものを収集することを目的として面接による聞き込み、尾行、張り込みその他これらに類する方法により実地の調査を行い、その調査の結果を当該依頼者に報告する業務〕と定義される」

「フムム」

「つまり、依頼者の欲しがる特定人の情報を収集して報告するのが探偵の業務だ。そして、だからこその問題が生じる」

「ムう?」



 真面目に聞き入る大和に、時雨も丁寧に言葉を連ねる。



「例えば浮気調査を考える。調査の結果、恋人には浮気相手がいた、かどうかの確証が掴めなかった」

「んん?掴めなかったのか?」

「そうだ。基本的にこの業務は、契約時に依頼者の費用と照らして調査のプランや期間を決める。そして、必ずしも成功するわけではない。必ずしもやり手ばかりではないし、これは余談だが、むしろそこで調査を遅延させて追加報酬を求めるコソ泥や詐欺まがい、浮気発覚後に別れさせ屋なんてことをする連中もこの世の中には多い」

「ほほう」

「話を戻すと、要するに依頼者と探偵の間で、何らかのトラブルに発展することがあるんだ。しかも探偵は、コンビニの店員と客レベルの接客業とは違い、依頼者のあまり知られたくはない秘密(プライベート)に関わってしまっている。その秘密を共有してしまっている」



 だから、そう前置いて、時雨は言った。



「場合によっては、依頼者に訴えられることがある。そういう時のために、探偵は法に強い弁護士と提携している場合が多い。そもそも探偵業自体も、人のプライベートを覗くような仕事だし、自動車のドライバーが保険をかけるのと同じようなもんだな」

「つまり、だから探偵は弁護士との関わりがあると?」

「ああ。そして・・・」



 大和がその先を引き継ぎ、言った。



「それがお前の策に関わりがある?」

「そういうことだ。つまり俺は・・・」



 だから、



「俺は凛名に、自分の罪を世間に告白させようとした」



 時雨は、優しい彼女を想い、そんなことをさせようとした自分を僅か恥じる。



「マスコミの前で会見を行う。かの〔大災厄〕の原因であり、純竜種の使い手であると公表する。弁護士をつけたのは、その後遺族から告訴された時、国選弁護士なんていう信用ならない人間に凛名を守らせたくなかったからだ」

「そう、か。つまり・・・」



 大和が、時雨の思考に驚愕しつつ、答えを示す。

 つまり、



「お前は、朧に盛大な自首をさせようとした。そうすることで、生きたいと願った彼女に、牢獄でもいいから居場所を与えようとした。嗚呼、私の撫子(なでしこ)と同じだ。私にはわかる。〔誰にも気づかれない場所にいた彼女なら、それでもそこを望むだろう〕」



 朧凛名は、孤独だった。

 家族とも会えず、友人もおらず、ただ研究者の眼で虫のように扱われる日々。

 だからこそ、たとえ罪人として裁かれようとも世界に進む。

 いや、むしろ罪を感じていた彼女なら、喜んで罰を受けるのだ。

 それを、



「俺はアイツと決めた。たとえ〔大災厄〕を起こした証拠はなくても、問題にはなるし、問題になることで〔アイツは今そこにいたはずだったから〕。桜夜と雷音に動画の撮影を命じたのも、要するに純竜種の力を示す証拠が1つでも欲しかったからで、〔大災厄〕を起こした少女がそれ以上の人命を救助したことを世間に見せつけ、恩赦を引き出したかったからだ。だけど・・・」



 時雨は自嘲気味に笑って、告げる。



「俺は負けてよかったんだろう。今のほうが、アイツは少し楽になれる。長い長い、遺族との裁判という消耗戦に挑むこともなくなったんだから」



 敗北から生まれた希望を、少年は鼻で皮肉に笑い飛ばす。

 だからこそ、



「私に勝って負けておいて、随分機嫌が良いものだな?」

「腐れうるせぇな。いいから飲み物でも買ってこいよ。喋りすぎて喉が渇いた」



 現状を正確に把握し、同時に自らの心の在り様を自覚し始めた時雨は大和にそうして退室を促す。

 負けたことが悔しいのではない。

 状況を喜びたいのではない。

 ただ、



「偉そうに。まあいい。行ってくる」

「・・・大和」

「ん?」



 時雨は、扉に向かい、振り返った大和に、



「〔あの(ひと)〕は・・・」

「・・・ああ」



 そう、聞いていた。

 だから、



「波崎和馬は、国際指名手配犯とされた。今回の一件の首謀者として、世界に追われる」

「そうか」



 時雨は、ハッキリと言ってくれた大和に感謝する。

 この会話の中で、一度もその名を、時雨が聞くまで出さなかった彼女の気遣いにも。

 そして、



「・・・少し、風に当たってくる。1時間ほどで、戻る」

「・・・ああ」



 時雨は、そう言って病室を出た大和の背を見送ることが出来ない。

 掠れた声で、なんとか返事を返すことしか。

 なぜなら、



「嗚呼・・・」



 時雨が目を覚ますにつれて、彼の魂に刻まれた深い傷から、再び真紅の血が流れだしたのだから。


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