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不安の理由と秘策の正体

「我らの要求は1つ。朧の望む、〔普通の生活〕。その確保だ。だが、そもそも彼女を隠しておきたかった政府は簡単にそれを呑まなかった。朧を戦力として利用できる成熟期まで、その前歴もろとも存在を抹消・隠蔽しておきたかったのだろう」

「その様子だと、〔特別隔離管理機関〕の長に全ての責任を独断だと言って押し付け、罷免することで、政府上層部は〔AVADON〕の突き付けた朧の存在の隠蔽や情報の隠匿、それを公表するという脅しに対し強気に出たな?」

「ああ。しかし連中も狡猾だった。朧に関する資料は、すでに廃棄されていたのだ。彼女は今や、〔誰でもない〕。我らが持ち上げたところで、その諸々の所業を示す証拠がない。もちろん我らが朧を守っているため、奴らから武力の手を伸ばすことは出来ないのだが」

「膠着、か」

「いや、そうでもない。つい先日、面白いことになった」

「?」



 一転して、どこか陶酔したように色っぽく濡れた瞳を向けた大和が、蠱惑的な笑みで時雨を見つめながら言った。



「貴様達のおかげで、何とかなりそうなのだ」

「俺、達の・・・?」

「ああ。私にはお前の意図はわからなかったが、貴様とその仲間は、あの決戦時、動画撮影をしていたな?私でも予測出来ることを聞いておくが、アレはお前の指示なのだろう?」

「あ、おう」

「流石、私の愛する男だ」

「な!?」



 突然愛する男などと言われて、時雨の心臓がドキリと大きな鼓動を打ち、やがて早鐘となる。その反応が嬉しいのか、蕩けるような笑みが零れ落ちぬよう左手で頬を支えた大和が、柔らかい声で続けた。

 つまり、



「2日前の話だ。私はそれまでに、すでに関係者となってしまっている天出雲探偵事務所の面々には僅かばかり、当たり障りのない程度に、状況の推移を説明していた。私も眠るお前の監視と保護をしているばかりで、毎日ここに見舞いに訪れる桜夜を気に入ってしまったのだ」

「なんか・・・ああ、それで?」

「ウム。それで、桜夜が良いことを思いついたのだ。〔私達の撮った純竜種とその眷属が活躍する動画を公開すると脅せばどうだろう?〕とな」

「なる、ほど・・・!」



 いつの間にか親密になっていた桜夜と大和の関係に僅か頭を痛めていた時雨は、聞かされた幼馴染の提案にハッと目を見開いた。

 つまり、



「そんなことをされたら、〔政府は凛名を隠したくても隠せなくなる〕!」

「そうだ。ついでに会見でも開いて、〔彼女が先日の自然派による要塞自爆テロの防衛者だ〕と映像付きで告げれば、嫌でも世間は朧を知ることになる。動画の捏造の可能性は、桜夜と航羽のチビが異なる2か所から同じ状況を撮影したこと、さらには東全獅の目撃証言を付け加え、排除出来る」

「その上会見自体、〔AVADON〕の護衛による鉄壁か?」

「その通りだ。嗚呼、そんな嬉しげな目で私を見るな。軽くイってしまうだろぅ?」



 時雨が興奮に蒼い瞳を爛々とさせるほど予想外に、状況は最悪ではなかった。純竜種の眷属、つまりは凛名の力のパシリ呼ばわりされて不機嫌になるどころか、時雨のテンションは上がっていた。

 しかし、もちろん、



「連中、政府は、そうならないようにする。おそらくは、凛名の制限付き自由を認める。しかし何かしらの条件と交換に」

「ああ。その条件の予想は、もうついているな?」

「おう」



 時雨の思考は、すでに答えに辿りついている。先程大和が言っていた言葉、〔心配なのは私達のこと〕という言葉から、凛名を望めば、自分が置かれるであろう状況を理解している。

 つまり、



「〔凛名は俺の側に置かれ、2人とも、政府の監視下に置かれる〕。なぜなら俺は現状世界で唯1人、〔月虹竜・ミールナール〕の力を間接的にでも行使出来、同時に、国家抑止力として期待されるアイツの暴走を止める可能性を持っているからだ。そして・・・」

「・・・」

「お前は〔私達のこと〕を心配していると言った。つまりお前は、〔もし俺でも凛名を止められなかった時、俺と凛名の側にいて、俺達を斬る役目〕を負うんだろう?」

「・・・そう、だ」

「・・・なるほど」



 時雨は、急に曇り空となった大和の不安げな顔を、可笑しく思う。

 状況はわかる。

 政府は、朧凛名の抑止力としての能力を諦めず、その隠蔽を試みる。

 〔AVADON〕はそれを理解していてなお、彼女の望む〔普通の生活〕を要求した。

 そしてこのままでは天出雲探偵事務所の副所長、朝霧桜夜の一手により、政府は朧凛名の存在を公表されてしまい、おそらく終いには彼女の起こした〔大災厄〕にまで辿りつかれ、解体すら余儀なくされる。

 それでも魅力的な戦力としての凛名は、政府に〔AVADON〕の要求を認めさせる。

 しかしそれは条件付きで、〔朧凛名の隠蔽〕と〔その制御〕が当然含まれたものとなる。〔大災厄〕の再現による存在の露見、暴走による国民への被害は、そのまま現行政府の崩壊に繋がるからだ。

 だからこそ、大和という護衛・監視・始末を担う役者が必要になる。

 しかし、



「ん・・・?」

「ど、どうした?」



 時雨には、なぜ先程から大和が不安そうな顔でこちらを伺っているのかがわからない。そもそも彼女は時雨と殺し合うことをあれほど楽しんでいたのだ。もし凛名が暴走し、それを時雨が止められなかった場合、必然凛名を諦めない少年と大和は交戦状態になる。

 だというのに、



「お前、何がそんなに心配なんだ?俺と殺りあうのは好きなんだろ?」

「い、いや。その、そういうことではなくて、だな」



 初めて見る大和のしどろもどろに、しばし時雨は内心唖然としながら待った。

 すると、



「ご、護衛役は、その、私で良い、のか?」

「・・・あ?」



 いっそ無機質とも見える白い肌、その頬に僅か朱を奔らせて、大和がおずおずとそう聞いた。確かに言われてみれば、別に護衛は大和でなくても務まると時雨は気づく。少なくとも〔AVADON〕は状況に協力的だし、それこそ東全獅でも同様の役目をこなせるはずだ。

 だからこそ、



「お、前、〔私達のこと〕が心配って・・・」

「・・・」

「まさか俺がお前じゃ嫌だと拒否ると、そう思って、それが心配、に・・・?」



 そっぽを向いて、大和が細い顎をコクンと頷かせる。つい先ほど狂気から生まれた愛を告げられたばかりの時雨は、意外なほど女の子の反応を返した大和を見て、鼓動が高鳴る、というより激しい困惑の動悸に襲われ、冷や汗を流す。

 だから、とりあえず、



「いや、その・・・」

「・・・」

「お前で、良いけど・・・」

「そ、そうか!」



 時雨は大和の恋心は無視した打算的な、彼女なら凛名の命運に対し融通が利くだろうという判断から、そう告げる。そもそも大和の恋愛観に依然ついていけてはいなかったし、一応命を奪われかねない相手に対し、それくらいの緊張感と距離は保っておきたかったからだ。

 もちろん、



「ならば、今度は私にも教えてくれ!」

「お、おお?」



 華やいだ笑みでそう聞いてくる大和を、時雨は決して嫌いではなかった。それに、時雨にはまだ彼女に聞きたいこともある。それが時間をかけたい事案であるため、大和が側にいてくれるほうが都合はよかった。

 だから、



「では教えてくれ。貴様はどうやって、〔AVADON〕と〔自然派〕を敵に回し、その中で朧を守り切るつもりだった?どんな策が、あったというのだ?」

「ああ・・・」



 時雨はもうこの状況下では役に立たない自らの秘策を、大和に語り出す。


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