黒の巨人
「ひき逃げだああああああああああああ!?」
「ひ、ひでぇ!全く迷いなんてなかったぞ!?人の姿をした化け物か!?」
「キャアアアアアアアアアアアア!?股から顔まで漫画みたいなタイヤ痕がああああ!?」
時雨の跨るガデティウスは、背後で響いた悲鳴を無視して風を切った。たった今殺人犯になったかもしれないという事実と、絶対に〔あの馬鹿〕ならこの程度で死なないという確信を天秤にかけ、時雨は全く振り返りも迷いもせず単車を飛ばす。
さらには、
「ガティ!〔巡航機動形態〕から、〔高速機動形態〕へ移行しろ!」
「了解。可変装甲、展開」
時雨の一言を聞いたガデティウスの青黒い車体、外装を覆っていた可変装甲が大きく広がる。時雨の姿勢がかなりの前傾となり、車体構造が前後に長く細く伸びる。可変装甲が新たな位置へと固定され、全体が鏃のような鋭さを持ったガデティウス・〔高速機動形態〕が言った。
「ヴァリアブルエンド。システムオールグリーン。スタンディンバイ」
「テイクオフ!」
時雨の声に応じ、車体後方に新たに開かれた加速推進装置、ジェットスラスターが火を噴く。ロケットのように飛び出した車体が一陣の風となり、路肩の紙屑や露店の商品、人いきれを突風で煽る。
時雨の目的は1つ。
出来るだけ最短距離で、目的の人物の着地点へと到着することだ。
そのため方向だけしかわからないガデティウスには、ヘルメットのバイザーに、ただその方向への交通量や障害物を考慮した最短距離を表示させている。意識は、完全に前へと向かっていたのだ。
だから、
「あ、いた。時雨く~ん」
「時雨おうコラあああああああ!買ったあ!さっきの喧嘩買ったあああああああ!」
時雨は気づくのが遅れた。
背後から、ガデティウスに勝るとも劣らない轟音を上げて、迅雷のごとく迫る黒い巨影に。
黒い巨人の右手に載り、緑のロングマフラーを靡かせる、先ほど轢いた少年に。
やっと振り返った時雨は、だから驚いて言った。
「何で、雷音!?お前、そんなのどっから持ってきた!?」
時雨は黒い巨人のパイロットに対し、そう聞いた。
そして、
「あ、うん。ええっとね・・・」
「おいいいいい!?また俺は無視かお前コラああああああああ!?」
「今日は、その、僕・・・」
「お前もかああああ!?雷音んん!?お前も俺をナチュラルスルーかコラあああああああ!?」
時雨は先程轢いたばかりの馬鹿が割り込んでくるのを無視して、背後を疾走する漆黒の巨人を観察する。