短針じゃねぇ!長針だぞ!?
「ん?」
「ん?どうした?」
目を覚ました時雨が最初に見たのは、切れ長の黒い瞳だった。あまりにも距離が近すぎてぼんやりとしていた視界が次第に焦点を結び、まどろみの中にいた少年の意識を覚醒させる。
そして、
「うおおううおうううおおおおおおおおお!?」
「何だ?そんなに叫んで?」
時雨は寝台の上で横になっていた身体、上半身をガバリと起こし、なぜか腰の上に跨って座っていた黒いロンTとジーンズ姿の大和の肩を両手で掴んで押しやる。流麗な眉を怪訝に歪ませた大和に、焦った声で時雨は問う。
「どう!?一体!?何だよ!?ええ!?」
だから、
「ふむ。そうだな。あまりにも自然に目を覚ましたもので、つい忘れていた」
「何!?ここ!?おう!?」
「落ち着け。まずは・・・」
大和は状況を呑みこめない時雨の蒼い瞳を見つめ返し、なぜか少し頬を赤くし、自らの腰の下を指さし、言った。
「私でコレを鎮めてからにしないか?」
そして、
「・・・あ?」
時雨は、いつの間にか着せられていたライトイエローの医療衣、そのズボンの中央、大和の太腿の間に挟まれて膨らむ男の本能を見る。
次いで、僅かな沈黙。
瞬間、
「どけぇい!俺の上から!それの上からぁ!」
状況を呑みこめないなりに、時雨は顔を真っ赤にしながら大和をベッドの外に押し出そうと両手を伸ばす。
しかし、
「なぜだ?苦しいのだろう?私は構わぬ。その、したことはないが、溜まっているのだろう?」
「どうした!?お前どうした!?ええ!?さっき殺しあったばっかだよな!?お前俺を本気で斬ろうとしてたよな!?ってクネクネしてないでどけよ!?何バランスとって俺の拒絶の掌底を避けてんだよ!?」
「フフフ。身体は素直だな?私の腿に挟みこねられて、さっきより大きく。そうそう、私の方はいつでも良いぞ?むしろ痛いくらい無理にされるほうが、刺激的で良い」
「くっそぉおおおお!なぜ俺の両手には標的の自動追尾機能がついていない!?かすりもしないだと!?そして早く状況を教えろよ!?」
「ん?わからないのか?玉の中の溜まり具合で?」
「それを俺の体内時計みたいに言うんじゃねぇよ!長針しかついてねぇし!いいか!?短針じゃねぇ!長針だぞ!?」
「フム、どうやらそのようだな?まあ、しかし・・・」
そこまでやり合って、やっと大和が時雨の上から身を起こす。息を荒げて睨む時雨を放置して、サッとベッドを降りた大和はサイドテーブルに向かう。ようやく冷静な思考を取り戻した時雨の視界には、白壁と右手の窓辺にかかるベージュ色のカーテン、左手のスライド式ドアやテレビ、立てかけられたパイプ椅子を見てここが病室だと理解する。
そして、
「俺、は・・・!?」
「そう動くな」
事態の深刻さを悟った時雨がベッドから飛び降りようと膝を立てた瞬間、右手に手鏡を持った大和が瞬時に時雨の肩に左手を置く。そのまま膂力だけでベッドに押し倒され、行動の不可解さに時雨は歯を剥いて威圧。抗議の声を上げようとした、刹那、
「2週間。それが、たった今、お前が目覚めるまでに要した時間だ」
「にっ・・・!?」
時雨は圧し掛かる大和の静かな声に戦慄し、
「あ・・・」
突き付けられた手鏡、〔黒い罅割れも、紫水晶の左眼も存在しない少年〕が、蒼い双眼でこちらを見ていることに絶句した。