赤い騎士
「・・・な!?」
「何が、〔な!?〕だよぅ。この居眠り姫」
戦闘ヘリを墜落した要塞クジラの朝日に輝く砕けた甲板に着陸させた東全獅は、その逞しい右腕で荷物のように腰抱きにしていた大和の形のいいお尻を見下ろしてそう言った。そのまま青年は左手で黒い戦闘用コートの懐を探り、タバコを咥え、着火。大和のお尻が状況を理解するのを紫煙を吐いて待つ。
必然、
「これは・・・」
「ああ、魂を繋ぐ感染者、時雨くんが、朧凛名の純竜種の力でな」
「そう、か」
大和の最も聞きたいだろう疑問の答えを、全獅はサラリと示す。正直なところ全獅にとって、かの少年の威容を想ってなぜか頬を赤く染めている大和の感慨はどうでもよかった。墜落した少年や朧凛名の確保など、動けない大和は無理だとしても、現状無傷の全獅なら即座に遂行可能だし、おそらく駆けつけた英雄探偵の仲間がチラリと見たその筋では有名な黒衣の闇医者を連れて来れば、彼らの中に死傷者が出ることはない。
それよりもこの状況、
「あ~あ。死んだかな~、俺」
〔事態の困窮により、仕方なく連絡を取り、すぐに向かうといった上司の到着〕を待っていることが、彼には恐ろしくて仕方なかったのだ。なぜなら大和の相棒兼制御役、さらには状況を収束させるべき〔AVADON〕の実働員としてヨロズに赴いたというのに、そもそも全獅は、
「・・・俺、何か、ねぇ?」
せいぜい天出雲時雨率いる第3勢力の手助け、〔自然派〕の駒を幾らか削った以外、何もしてはいなかったのだ。
もちろん、
「・・・なあ、大和さぁ、隊長に俺のこと」
「・・・」
全獅が右に首を巡らせて見た大和の後頭部、なぜか両手を頬に当てて高鳴る自分の熱を確認しているらしい、おそらくつまりは殺意の中で恋をした乙女は、おそらくつまりは時雨を想って全獅の責任の追及に関し、興味を示すことはないだろう。
だから、
ズズン!
左側面、太陽を背にし、ちょうど全獅の視界の外で響いた重い音に、
「う、わ」
思わず咥えていたタバコを要塞クジラの甲板にポロリと落し、振り返る前に、そっと地面にポーっとしている大和を下ろす。
そして、
「すみません、赤鉄隊長、ど~もこれ・・・」
ヘラリと笑って全獅が振り返った、瞬間、
「歯ぁ喰いしばって笑え!」
視界には全身をオレンジのラインが奔る真紅の甲殻装甲に覆われた、全獅より一回りも大きい男。そして、その肘から青く燃えるジェット噴射で加速させた超鉄拳が、反射的に全力の防御、鉄色の肌を展開した全獅の顔面を捉え、しかし、粉砕。
そうして、
「・・・全く。だが」
一撃で意識を刈り取られ、なぜか笑ったまま気絶している全獅と、どこか遠くを見て呆けている大和を放置して、
「竜は竜を呼ぶ。栞名さんの黒が、朧の銀を。アナタの杞憂通りです、天出雲博士」
逆光の中、騎士のような赤い甲殻装甲に覆われた男は、時雨がいるであろう方角を見て、巌の声で悲しそうにそう呟く。