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太陽に吠える

 朝日を浴びる、灰色のヨロズの都市外殻と、黒い影、墜落を目前とする要塞クジラの先端、その狭間で、茫洋とした蒼紫の瞳を揺らして少年が叫ぶ。銀色の翼を、彼の両手両足が放つ蒼い粒子の波紋に煌めかせて、少女はただ息を呑んでその言葉を聞く。

 それは、



「俺は、凛名の〔本当の願い〕を知っているぞ!?」

「・・・」

「俺は、アイツが〔ただ普通に生きたいだけなんだ〕と知っている!普通に学校に行って、友達と馬鹿やって、恋をして、白虎と遊んで、雷音と勉強して、桜夜と笑って!俺に泣かされて!俺に怒って!仲直りして!そう想像していたことを!?」

「・・・」

「アイツがどんな顔をしてたか知っているか!?どれほど〔大災厄〕の責任を感じ!苦しみ!それでも、親父が与えてしまった希望を信じてきた!そのための努力を腐った信念と思惑のために台無しにされて、なのに!」



 意識を混濁させた時雨が、在りもしない敵、いや、幾つもの偶然と必然が作り出した凛名の宿命そのものに、怒号を上げる。



「どうして、アイツなんだ!?どうして!?アイツがどんな奴か、お前は知っているのか!?」

「・・・時雨さん」



 ここではないどこか、それこそ、運命と言う神と対峙している時雨の顔が、瞬間苦悶に歪み、また僅か要塞が〔反射〕の波紋を軋ませてヨロズに近づく。

 それでも、



「俺は、どうしてアイツが、〔俺に親父のことを教えたいのに教えられなかったのか〕、知っている!聞けよ!?わかったんだ!〔アイツがどんな性格をしているか〕、それが矛盾を解く鍵だったんだ!」

「・・・」



 時雨は、叫びをやめない。

 少年はただ世界に対し、朧凛名を明らかにする。

 そして、



「いいか!?アイツは、親父の所在を知っていると俺に言った!だが、〔俺の性格を知ってしまったために、話すべきか迷っている〕とも言った!そして俺は、理解した!この戦いで!俺がアイツから、どんな風に見えていたのかを!なぜなら!」

「・・・」

「俺は何度も何度も、アイツに、〔離さない、逃がさない、そう言ってアイツを諦めなかった〕!つまりは、〔アイツから見た俺はそういう人間だ〕!そして!」

「・・・」

「アイツは、優しいんだ。だからこそ、答えは見えた」

「時雨さん」



 掠れた声で彼を読んだ凛名の視界で、時雨が笑った。それは皮肉げな片頬を吊り上げたもので、しかしどこか嬉しそうで、同時に瞳が哀しみの涙で歪んでいた。

 そしてついに、



「多分、親父はこんな風に言ったんだ。〔感染者の能力が安定する18歳になったら、必ず会いに来る〕と」

「・・・私」

「だから、優しいアイツは、俺にそれを〔教えたくても教えられなかった〕。アイツはそう言えば、〔諦めの悪い俺が必ず側にいようとすると知ったからだ〕。アイツは、自分自身が危険だと知っているから。俺を危険に曝すとわかっていたから。それでも俺のために言うべきか、そうやって迷ってくれたんだ。なんで、そんな優しい奴に、こんなことをする!?」

「・・・私は」

「くそっ!だったら!」



 時雨の声が、凛名を向く。



「おい!?いるんだろ!?凛名!?」

「え・・・?」

「言ってやれ!?はっきりと!いつもみたいな控えめで殊勝な声じゃ、誰にも届かねぇぞ!」

「・・・そんな、こと・・・」

「いい、から、言えよ!そこに、いるんだろ!?」

「・・・」



 時雨の瞳は、茫洋と明確の間で揺れている。

 少年の意識が、かろうじて凛名と言う存在によって現実に繋ぎ止められていたのだ。

 少年はもう、自分の身体に求める少女がしがみついていることすらわかっていない。

 それでも、全てを解き明かし、少年は少女を呼ぶ。

 彼女の願いを、



「・・・いです」

「聞こえない!聞こえないぞ!?腹で叫べよ!魂を振るわせろよ!」

「・・・たいです!」

「凛名!」



 時雨の朦朧としていた意識が、少女の紫色の綺麗な瞳が、涙で滲むのを感じる。



「生きて、生きて、生きて・・・」



 罪を犯し、苛まれ、口にすることすらおこがましいと感じている少女の願いに、



「・・・だから、お願い」



 その、魂の深奥まで響く、



「時雨・・・」



 小さな、



「助けて」



 しかし確たる叫びに、



「この、腐れボケが!」

「ふひっ!?」



 瞬間、ついに意識を取り戻した時雨は罅割れた左頬を歪ませて笑みを作り、右手でボロボロと涙を零す凛名の頭を胸に引き寄せる。銀翼を小さく畳んだ少女は、必死に少年の戦闘衣を掴む。

 その恐怖に、その苦悶に、ついなる願いに、だから、



「任せろよ!俺に!」

「ふうう、ふぅぅうううぅううぅうぅぅぅ!」



 時雨は、しかと応え、



「〔天月闊法〕・〔攻脚〕!」



 その右脚に、防御も捨て、全てを注ぐ。

 瞬間、



「そこをどけ!俺がぁああ!通るぞぉおおおおおおおお!」



 放たれた蹴撃、生まれた蒼い爆光が、太陽すら威圧するように轟き吠える。


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