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崩壊寸前の推理

「ああ、クソっ!」

「どどど、どうしました!?」



 朝の光が作る影、オオゾラクジラの楕円形の体表上を斜め下に滑り落ちるように疾駆する時雨は、思わずついた悪態に反応した銀翼の少女、胸の前で横抱きにした凛名の問いに苛立った声で応える。



「こっちの撮影班の準備は完了した!桜夜とガティは白虎が守ってるし、バンプレートの中にいる雷音は安全圏だ!だが!」

「もしかして・・・」

「ああ!〔自然派〕の構成員が、まだ幾らか要塞クジラの中にいる!これじゃあ!」



 時雨は言いながらきつくなってきた傾斜を蹴り、同時に足裏に〔反射〕の力を展開。空気を足場として〔反射〕しながら、オオクジラの頭部先端、今にもヨロズの灰色の都市外殻に触れそうなそこへと回り込む。

 つまり、



「まだコイツを蹴り壊せない!だから!」

「ひふっ!?」



 グッと両脚で踏ん張り頭を前に出した時雨は、一際大きな蒼い波紋と凛名の悲鳴を背後に残し、大きく跳躍。次いで凛名を丸太でも扱うように右手1本で腰抱きにし、進行方向に向けていた頭と両脚を反転させて飛び蹴りのような姿勢で飛翔する。

 そして、



「こうするしか、ねぇだろ!?」



 戦闘衣の黒い裾をバサリとはためかせて、凛名を抱えた時雨の足裏がヨロズの外殻ギリギリで再度展開された〔反射〕の足場を踏んでドスンと急停止。空いた左手が、即座に天を掴もうとするように上へと伸ばされる。瞬間、足裏と同じ蒼い波紋が、漆黒の指輪の外された左手の表面で大きく展開。その掌の表面に、武骨な堕ちる要塞の先端がついに触れる。

 それはまさに、



「これはキツそうだなああああああああああああああああああああああ!?」



 身を持って墜落するオオゾラクジラをヨロズの寸前で止める、自殺行為とも言える防衛策だった。瞬間、ノロノロと進んでいた要塞の全重量が時雨の左手の〔反射〕にぶつかり、しかしその超質量をもってジワジワと押し込んでくる。蒼い波紋が、ガラスの割れるような音を立てて軋む。

 それでも、



「るうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 少しずつ押し込まれていた時雨の左手が、彼の全力の魂の解放に呼応し、僅か要塞を押しとどめる。

 しかし、



「押し、返せねぇ!?」



 砕けそうなほど歯を食いしばり、かかる質量の圧力に眉間に苦痛の皺を刻んで、時雨の口から苦渋の声が漏れる。すでに満身創痍の身体が肉体の限界を示すようにブルブルと震え、今にも膝が折れそうになる。蒼い〔界子〕が作る波紋と朝の光が、ギシギシと傾ぐ黒い巨体の影に呑まれそうになる。

 だから、



「凛、名!身体に、俺の、掴まってろ!」

「は、はいっ!」



 時雨はそう言って凛名が落ちないように、自分の身体に抱きつかせる。瞬時に空いた右手を左手に並べ、さらなる〔反射〕を最大展開。2重の蒼い波紋が時雨の両手で弾け、ガラスの砕ける異音と要塞が軋む凶音が重奏となる。

 そして、



「なんで、だよ!?なんだよ!?」

「時雨、さん?」

「コイツが、凛名が、自分の意思で人を殺したのかよ!?お前らは、なんだよ!?親父はどこだよ!?桜夜は!?俺は約束を・・・!?」

「時雨さんっ!ダメ!意識を!お願いだから!」



 純竜種、〔月虹竜・ミールナール〕。

 その災害レベルの魂の力を借り、それを行使し、今ついに全力で解放していた時雨の意識が、ついに限界に来ていた。本来凛名という器で行使されるべきミールナールの魂の力は、時雨と言う異なる器にはあまりにも強大で重すぎた。半ば意識を失い、茫漠とした蒼紫の瞳でただ強大な力を使い続ける時雨の異常な様相に、凛名は周囲を包む轟音を裂く叫びを上げる。

 次いで、時雨の全身にあった治りかけの切り傷や銃創から、出血。

 さらに、紫の左眼を中心として、時雨の肌がまるで荒野のようにバキバキと音を立てて罅割れ、その黒い溝が少年の左頬を蝕んでいく。

 過剰に受け入れたミールナールの魂が、時雨を内側から壊していく。

 だからこそ、



「・・・たいんだ」

「時雨さん!時雨さん!時雨さん!」



 凛名は、ただ時雨を救いたい一心でそう呼び、同時にこの状況を招いた自分、彼を進ませた自分の非道に苦しむ。いっそ彼さえ救えれば。2度と自分の力で失わせたくないと願い、ヨロズも〔自然派〕も全てを救おうとした少女がそんな風に考えてしまうほど、時雨と言う存在が枯れ果てようとしていた。

 そして、だからこそ、



「・・・たいんだ!」

「時雨、さん?」



 凛名は、意味不明な言葉の羅列だと思っていた時雨の無意識の声が、



「コイツは、凛名は、生きたいんだ!」



 叫びを上げる少女に反応し、集束していたことに、気づくのが遅れた。


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