対峙
「お?」
そう言って揺れるオオゾラクジラの背でムクリと身を起こした白虎が、大きなエメラルド色の瞳で周囲を見回す。
そして、
「テメェ!」
「な!?」
バカン!
白虎は、目の前に膝立ちになっていた時雨の頬をおもむろに右の鉄拳で吹き飛ばす。
そして同時に、
「「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」
警察署での大和との激闘、今は甲板に見る影もない〔自然派〕の実働員の銃器で全身打撲だらけの白虎と、同じく警察署での巨人との戦闘、波崎の凶弾による臨死を経て満身創痍の時雨が激痛に甲板をのたうつ。
そもそも、
「何でまた殴られた!?お前、俺は魂の一部を貸して眠ってたお前が無事に脱出出来るように、借りてた腐れ魂を返しにきたんだぞ!?」
痛みを堪えて必死に身を起こした時雨の疑問は当然であり、
「うるせぇ!テメェ時雨!泣かしただろ!?お!?凛名泣かしただろ!?殴るって言ったよな!?前に言ったよなおお!?」
時雨の背後、銀色の翼を今は小さく畳んで2人のやり取りに怯えていた凛名の頬に、涙の筋が残っていたのも事実だった。
しかしだからといって、
「2人ともホントいい加減にしてよ。時間がないんでしょ?カッハと殺すぞ?」
時雨と白虎は、ほぼ真上から覗きこんだ漆黒の巨人、雷音の声が珍しく本気で怒っていることを感じて押し黙る。
代わりに、時雨は、
「お前ら、退避しろ」
「・・・あ?」
立ち上がると同時に、白虎と雷音に背を向けてそう言った。間を開けて剣呑な声を出した白虎に振り返り、蒼い瞳で睨んで少年は言い放つ。
「オオゾラクジラがヨロズに墜落する。俺は凛名と止めに行く。だからお前らは脱出しろ」
「テメェ、また」
突き放すような時雨の言葉に、苛立ちを隠せない白虎がヨロヨロと身を起こして睨みを返す。しかし次の瞬間、時雨は戦闘衣の黒い背を見せてハッキリと言った。
「違う。お前らに、頼みたいことがあるからだ」
「・・・お?」
「桜夜とガティには、もう動いて貰っている。だから、つまりその、そういうことだ!だったら!」
時雨は振り返り、口をへの字にしたブスっと不機嫌顔であらぬ方を見ながら言う。
「お前らも、手伝ってくれよ」
「・・・へっ」
「時雨くん」
ニカっと白い歯を剥いて、やっと納得した白虎はいつもの笑顔で鼻を鳴らし、喜びを隠せない声で、怒りを収めた雷音のバンプレートがガシャリと身を揺らす。
だから、
「必ず帰る!だからさっさと行けよ!指揮官は桜夜だ!」
「おうよ!」
「了解!」
時雨は照れ隠しに片頬を吊り上げた皮肉な笑みでそう命じ、彼の本当の信頼を得た2人の友人はかたや白い甲殻装甲を纏って飛翔し、かたや背中からパラシュートを開いてヨロズの外殻に目前と迫ったオオゾラクジラから飛び立っていく。
そして、時雨は目を瞑り、しばしの間沈黙する。
凛名も時雨の傍らに寄り添い、少年が動くのを待つ。
その意図はつまり、
「僕ラの脱出が完了すルマで、待つツモりデスか」
靴音と共に甲板に現れた仮面の男、〔灰色の男〕の異名をとる波崎和馬によって見抜かれる。