お前が望むことを、今の俺が出来るのなら
「うおおおおおおうぃ~!?」
ドスンという音と共に、傾くオオゾラクジラの周囲を旋回していた戦闘用ヘリのキャノピーに人影が着地。揺らぐヘリを必死にコントロールしながら、東全獅が非難の叫びを上げる。
しかし、
「悪いな、今手が離せないんだ」
キャノピーの真正面に衝突するように両脚で着地し、左手で気を失った大和、右手で銀翼を生やし、高速飛翔に目を回している凛名の腰を抱えた時雨は、背中の甲殻装甲から圧縮空気を放出して器用に体勢を維持したままそう言った。
そして、
バキン!
おもむろにしなった時雨の右脚が、鋼鉄の蜘蛛の巣を思わせるキャノピーを瞬時に粉砕。朝日により、次第に青みを薄く延ばす夜色の天空へと蹴り飛ばす。同時に、時雨は左手を後ろに引いている。
つまり、
「コイツは任せた!」
「おぉい!?嘘だぐぶ!?」
時雨は、戸惑う操縦席の全獅に向け、気を失った大和を投げつける。操縦桿と全獅の上に俯せに覆いかぶさった大和の眉が僅か曇るが、少女の頑強さを知り、キチンと手心を加えた少年はそれを気にもとめず、両脚でヘリを蹴って中空に離脱する。
だから、
「なぁ、ちょっと、どうする気だよ時雨くんぅ!?」
意思の蒼い光を朝日に輝かせた少年に、全獅が問う。そのタレ気味のオレンジの瞳に時雨は、すでにその問いの答えを青年が推測していることを見る。
だからこそ、
「熊切さんに連絡しろ!状況を伝えて、該当区域の住民に避難勧告と誘導が必要だ!もし・・・」
中空でヘリと向き合った時雨は、
「もし、俺と凛名が要塞クジラを押し返せなければ、万の単位で人が死ぬぞ!?」
言葉に息を呑む東全獅に背を向けて、
「だからこそ、俺達で止めるんだ!」
「・・・はいっ!」
この事態を招いた一因たる少年は、全ての元凶たる少女、両手で抱え直した凛名と共にオオゾラクジラ背に向かい、飛翔する。
そして、肌を指す寒風の中で、少年は前だけを見て銀色の少女に言う。
「凛名。今のうちにハッキリさせておくぞ」
「はい?」
「俺はよく転ぶ。すぐ失敗するし、行き当たりばったりだ。こんなことになるなんて思ってもみなかった」
「は、い」
「その上、俺は本当は、お前とは違って、別に人を助けたいから、自分に責任の一端があるから、良心と罪悪感にかられて今飛んでいるわけじゃない」
「・・・ふひ?」
「だけど・・・」
少年の胸の中で横抱きにされた凛名の紫水晶の瞳が、なぜか不機嫌なヘの字に口を歪ませ、次の言葉を躊躇している時雨を見て戸惑いに揺れる。
そして、
「俺は悪知恵だけは働くし、その、この状況を利用すればお前の〔願い〕を叶えられる可能性がもっと増えると思って・・・」
「・・・?」
「も、もちろん、全部お前から親父の所在を聞くためだ!そして、お前から情報を引きだせるのなら、俺はお前が1番欲しいもの、〔本当の願い〕を与えるべきだと思ってる!だ、から・・・!」
1度深呼吸した少年の頬が赤く染まる。
「俺は!い、いいか!?」
「はい!?」
「お・・・お前のために、命を張れる」
「・・・!」
「お前が望むことを、今の俺が出来るのなら、それがお前の誠意と情報への対価だ」
「・・・」
「だ、だから!」
実際、時雨はかなりテンパっていた。
そもそもオオゾラクジラを止めることなど、出来るのかわからない。
そもそも凛名の〔願い〕を叶えるために、この状況を上手く利用できる自信が無い。
それでも、
「逃がさないぞ!?お前が話すまで、俺はお前を!叶えてやる!お前の〔願い〕を!そのためなら、腐れクジラだろうが腐れ隕石だろうが、受け止めてやる!」
時雨は、やっと凛名を覗き込んでそう言い、
「・・・」
「なん、だよ?」
「い、いえ!なんでも!」
本当は、恐れるべきなのに。
望んではいけないと、思っていたのに。
孤独だった少女は、時雨から両手で顔を隠す。
少年の言葉に高鳴る鼓動を。
溢れ出る喜びの涙を。
〔彼は、どんな真実を知っても自分を離さない〕。
仮初の、利害が根底にある関係であれ、それを知ったしまった少女は、湧き上がる幸福と、孤独から解放された嗚咽を堪えることが出来なかった。