天風闊法
「さあああああああ!追ってこい!英雄探偵いいい!」
時雨は要塞たるオオゾラクジラの甲板から白い雲の尾を引いて飛び上がるミサイル、その上に立ち、凛名を掻き抱いて天空に上昇する大和の声を聞きながら、とっさに前に出る。
「アイツ・・・!」
もちろん、時雨自身彼女の暴走とも言える行動が、実は論理的には正しいことなどわかっている。彼女は朧凛名を〔真実の御旗〕から奪取するために政府が派遣した強攻殲滅部隊〔AVADON〕であり、〔彼女と東全獅からすれば、時雨も凛名を奪おうとする敵〕だ。目的の途上で共闘することはあっても、あくまでそれは〔敵の敵は味方〕、大敵に抗するための利害の一致がもたらした関係でしかない。
だから、
「凛名ああああああ!」
自らの〔魂を繋ぐ力〕でミールナールの魂の力を借り受けた少年の周囲で、怒りと焦りに莫大な量の蒼い〔界子〕が収束。ここへ辿りつくために使った、〔空気を反射して足場とする疾走〕の予備動作が、空気を炸裂させんほどの圧力となって場を制す。
だが、
「おおい!待てボケコラ!」
「白虎!?」
罅が入り、所々が砕けた白虎の右腕が、飛び出そうとした時雨の右腕を掴んで止める。意図不明の幼馴染の行動に、今すぐにでも飛び立ちたい時雨は眉間に皺を寄せて叫び返す。
しかし、
「離せ腐れ馬鹿が!凛名が!大和に!」
「わかってるってそんなの!だからこそだろ!?」
「はあ!?」
白虎は、ニヤリと笑って時雨の腕を離さない。
そして、
「俺馬鹿だけどさ、お前の力、ちょっとはわかってんだ!だからよ!〔必要だろ!?俺が!?〕」
「そう、か・・・!」
〔魂を繋ぐことで他者の魂が持つ力を借りることが出来る時雨〕は、瞬間、白虎の言いたいことを理解する。
つまりそれは、
「待って!危険だよ!ただでさえ、時雨くんの能力の限界は未知数で・・・!」
感染者が関わる学問たる心界研究にも造詣が深い雷音が慌てるほどの策であり、同時に、
「やんのか!?やんねーのか!?俺が行っても、いいんだぜ!?」
空と言う舞台においてヨロズでは右に出る者のいない白虎の、笑み混じりの挑発だった。
遥か上空。オオゾラクジラとその背景たるヨロズの灰色の外殻を見下ろす位置で、
「・・・」
黒のジャケットと黒のホットパンツ姿の絶薙大和は、白煙を上げてさらに上昇する空対空ミサイルを超人的なバランス感覚と重心移動でサーフボードのごとく乗りこなしながら、下界を見下ろす。次に、左手で抱えた銀色の髪の少女、時雨が焦がれる凛名を見つめ、黒の少女は、
「貴様のおかげだ朧。こんな風に、あの貴様を想えたのは・・・」
非業なる宿命を背負う華奢な少女に、〔同じように、苛烈な境遇を背負った妹〕を重ねて、柔らかく微笑する。
そして、自嘲する。
凛名と妹を重ねておきながら、自分がやっていることを。
もし大切な妹であっても、自分はかの少年をおびき出すためなら、利用するのだろうと。
それでも、
「それでも、止められぬのだ」
絶薙大和の血は、時雨の血を求めている。
深い愛のように。
潔い憎しみのように。
ただ、
「それだけが、この世界と、かの貴様を、私が感じる術だから。殺し愛だけが、私の芯を熱く濡らすから」
大和は、赤い唇で悲しみと狂気の入り混じった円弧を描く。
転じて表情を消し、1度強く眼を瞑り、見開く。
そして、
「〔天風闊法〕!〔浮脚〕!」
遥か下方、要塞クジラの甲板から爆音共に蒸気の白煙を引いて飛び立った影の声、黒い戦闘衣の上、背中に両肩、その両脚に白い甲殻装甲を纏い、圧縮空気で高速飛翔する男に、
「〔疾風、加速〕あああああああああああああああああ!」
白虎の魂と繋がることで、彼の能力の一部を借り受けた時雨の叫びに、大和は、
「共にイこうぞ!私を狂わす愛しい男よ!?」
ミサイルの軌道を急速反転、右手に翻った逆手の刃と鬼気の笑声を持って、堕ちていく。